HARD FACTS 〜 事実に基づいた経営

昨年の Agile 2011 で Linda Rising さんが基調講演で触れていた "HARD FACTS" という本がある。

失敗を学びに変えるアジャイルなマインドセットとは?〜Agile 2011 Conference(3/4):企業のIT・経営・ビジネスをつなぐ情報サイト EnterpriseZine (EZ)

なお、組織のマインドセットについて学びたい方には『事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?』(東洋経済新報社)がお薦めです。

この一文はちょっと間違っていて、お薦めしていたのはリンダで、私は本を買ったけど読みきっていなかった(てへぺろ)。曖昧というよりかなりダメな間違い表現をお詫び申し上げます。もう読んだしオススメなので直しません。

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profiting from Evidence-based Management

Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profiting from Evidence-based Management

メモ

筆者達が進めているやり方は、「事実に基づく経営 (Evidence -Based Management) 」という。なにかをするときには、証拠となる事実をきちんと検証しながら進めよう、ということだ。科学的論理的な検証手法を用いようという意味では、スクラムで検査と適応をしたり、リーンスタートアップで検証(Validation)を重んじたり、という方面と共通性があるように思われる。TDDもそうかな。

「新しいこと」ではなく、「正しいこと」を見よう。
フェファーの法則

もし新しいアイディアを思いついたとしたら、それはまず間違いだ。
誰かが先に思いついている(この発言も私の創作ではない。誰かのを拝借しただけだ)。
サットンの法則

本書第一部はその概略説明であり、本編といえるのはそれに続く第二部だ。経営(マネジメント)の業界でよく信じられている話を一つ一つとりあげ、批判的に検証を加えていくタッチで各章が進められていく。だから元となる話を知っていると読みやすいかもしれないので、全部のトピックを順に読むより、気になるものをピックアップして読むといいのではないだろうか(すくなくとも私は最初そうした)。

  • 第3章 仕事とプライベートは根本的に違うのか?違うべきか?
  • 第4章 業績の良い会社には優秀な人材がいる?
  • 第5章 金銭的インセンティブは会社の業績を上げるか?
  • 第6章 戦略(Strategy)がすべて?
  • 第7章 変わるか、さもなくば死ぬか? (Change or Die?)
  • 第8章 偉大なリーダーは組織を完全に把握しているか?
第3章 仕事とプライベートは根本的に違うのか?違うべきか?

確かに仕事に甘えは許されず、競争にも勝っていかなくてはならない。しかし、だからこそ社員を「理想の姿」に作り替えようとするのではなく、一人一人が知っていること、できること、したいことを最大限に活用することが必要なのだ。(P.112)

さらに、感情というのは伝染するものだから、幸せで充実感一杯の従業員は、患者にとっても居心地の良い環境を作ることになり、それが健康面にプラスに働いたりする (P.112)

職場でのいじめに関しても取り上げている。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌でサットンは、会社は、どんなにスーパースターであっても、とんでもない人間や他人(特に部下)を軽蔑したりいじめるクソったれ社員は決して雇うべきではないと提言し、そうすれば離職や欠勤も減り、医療費も裁判費用も減ることを指摘した。また、すでにそうしたルールを採用して、職場をより民主的にしている会社もある。

甘いと思われるかもしれないが、実はそっちがハード・ファクトなのだということだろう。「シビアな認識の方が、より正しい」というのは、元気な人ほど、よくはまってしまう幻想ではないかと思う。そうして燃え尽きてしまった人や、人を燃え尽きさせてしまうケースもあるような気もするので、注意が必要だと思う。特に自分が壊れないよう、心を守っていただきたい。そんなに思い詰めても結果は出ない。プレッシャーを掛けたって部下は短期的には頑張れるかもしれないが、その先は壊れるか慣れて元に戻る。そういう話をトム・デマルコが「Slack ゆとりの法則」で書いていたと思う。「デッドライン」だったかも(すみません昔図書館で借りただけなもので)。

第4章 業績の良い会社には優秀な人材がいる?

こうした根本的な錯誤は、徐々に「頭空っぽ症候群」と呼ばれる状況を作り上げる。これは大変優れた人材を雇っては、駄目なシステムに作り上げられた、駄目な仕事に就かせ続けるというものである。新しく採用された人は仕事を始めるまでは大変頭が良く、優秀に見えるのだが、仕事を始めると全く使えない。私たちがこうした症候群に気付いたのは、友人たちがビジネススクールの学長やら副学長に就いたのを見たときだった。こうした仕事は、責任は大きいが、権限も使える資源も極めて限られている。一方で学生、教授、スタッフ、大学の上部機構、企業、卒業生からの要求は厳しく、非現実的であったり、矛盾していたりする。したがって、こうした仕事は難しいどころか、もしかしたらそもそもうまくやるというのは不可能に近い。しかし、それでも外部は仕事の難しさではなく、個人の性格やらスキルやらを批判する。まるで大学の管理職についたとたん、その人の知性も常識も、スキルもどこかへ消えてしまったと言わんばかりである。コロンビア号事故調査委員会が指摘したNASAの問題と同じではないか。人が変わっても、システムが変わらないから17年前と同じ問題が繰り返される。システムのおかげで優秀な人であっても、優秀な仕事ができないのである。 (P.143-144)

しかし、誤解をしないでほしい。仕事ができない人というのは間違いなくいる。能力が足りない人は組織にとってはマイナスだ。腐ったリンゴは再教育されるか、異動されるか、それでも駄目なら解雇されなくてはならない。しかし「駄目な人間の法則」は「半分だけ正しい」にすぎない。その代わりに「駄目なシステムの法則」を提案したい。駄目なシステムは駄目な人間よりはるかに危険で、おまけに優秀な人も駄目にしてしまう。「あいつは駄目だ」という前に、システムや仕事内容を再検討してみたらどうだろう。優れているはずの人間を採用し続けているのに、使えないとすれば、個人ではなくシステムの問題を考えることで、頭空っぽから抜け出せるはずだ。 (P.144)

このあたりは、スクラムアジャイルをやっている人たちにしてみれば、「よく言ってくれた!」というあたりなのではないかと思う。正直、スクラムをやっている方には、この章だけ読んでもらえば、またはこの章の内容を周りの人に説得できるようになってもらえれば、だいぶ折れなくてすむような気がしている。しかし、駄目なときはだめなので、引き時も肝心だと思われる。

第5章 金銭的インセンティブは会社の業績を上げるか?

典型的な金銭的インセンティブは何が重要かを伝えるには、単純すぎる限られたツールであるということだ。インセンティブシステムはシンプルで効果的であるべきだ。社員はいくつかの大切なことだけを頭に入れておけばよいからだ。複数の基準があるインセンティブシステムは、複雑すぎて行動をうまくコントロールできない。しかし、個人の成績が複数の相互に絡み合った面を持ち、組織の業績を上げるために知恵と判断が必要な場合には、単純なシグナルは往々にして間違う。(P.168)

モチベーションについては ダニエルピンクの DRiVE が、最近よく参照される。3月に和智さんと角谷さんが日本語訳をつけてくれたので、まだ観てないかたはぜひ。

RSA Animate : DRiVE - the surprising truth about what motivates us

第6章 戦略(Strategy)がすべて?

戦略および戦略プランニングが1960年代、70年代とビジネススクールのカリキュラムとしてだけでなく、企業経営でも注目を浴びるにつれ、こうしたコンセプトや行動が本当に企業の業績に影響を与えるのかという研究も進んだ。1980年代以降、戦略が当然のように重要視され始めると、この流れがいつの間にか消えていった。しかし、戦略および戦略プランニングが本当に企業の業績に影響を与えるかどうかは、データで見るとはっきりしない。(P.196)

戦略の影響力は計測しづらい、という点が指摘されている。だから、ビジネスがうまくいったといって戦略がよかった、というのには注意が必要なようだ。(そういわれても ... という感じもするけど。)

この会長が言ったとおり、成功のカギで真似が難しいのは、何をするか(戦略の決定)ではなく、それを実行する能力なのだ。 (P.205)

おお、なるほど(膝を打つ)。
この後、戦略プランニングのコストと戦略的フォーカスのマイナス点に触れている。

第7章 変わるか、さもなくば死ぬか? (Change or Die?)

もし自分たちのしようとしていることが、すでに実行しているものの、知らないのではなく、本当に新しいことならば、他の人の経験に耳を傾け、そこから学ぶ態度が必要だろう。これは簡単ではない。人間の性質として、他人がどんな問題に直面しようが、自分はうまくやれると思ってしまうからだ。例えば、M&AERPなどで、他の会社は馬鹿だとか、プランニングが下手だとか、人材不足だといった話をし、「今回はうまくいく」などと言うときはだいたいそうだ。私たちのアドバイスは、そうした話が出たら、ある程度の疑問を持てということだ。それが全く嘘だと思う必要はないが、現実がどうあろうと、自分はうまくできるのだと過信しがちであることに注意が必要である。(P.233-234)

表7-2というのがとても良かったので以下に一部紹介する(省略しているので、ご注意を)。

  • 表7-2 大きな企業改革を行う前に自問すべきこと (省略して紹介)
    • その手法は今の手法より良いか
      • もしかして、もう違う名前でやっていないか?
      • 他社でどのくらい成功しているか?
      • まずテストできないか?
    • 時間、混乱、コスト面を考えても、それに挑戦する価値はあるか?
      • 時間や予算の計画は、他社の例を踏まえて本当に現実的か?
      • それを売り込んでいる業者は、コストを少なめに見積もって得することはないか?
    • 本格的に変えるより、見せかけで十分ではないか?
      • 本格的に変えて、会社の業績を落とすことはないか?
      • 会社内外の有力グループがその変革に対して反対を唱えていないか?
      • もし失敗したら、会社の評判や大切な関係に傷を付けることはないか?
    • 変革をすることは、個人的には良くても、会社に取っては悪いということはないか?
    • 変革をやりきるパワーはあるか?
    • 人々はたくさん変革をしすぎて、疲れきっていないか?
    • 変革が進むにつれて、人々はいろいろなことを学んでいけるか?
    • 止めることができるか?
      • 失敗かどうかはどうやってわかるのか?
      • 止めなくてはならないタイミングはどうやってわかるのか?
      • 誰が、失敗で、止めると最終判断するのか?

注意が必要である。自戒、自戒。

第8章 偉大なリーダーは組織を完全に把握しているか?

前著「実行力不全」で示したように、リーダーがこうした状況に対処するためには、今すぐにでも必要な2、3の点に集中し、徹底して2、3の点を部下に伝える必要がある。トヨタの役員を長い間務めた大野耐一は、経営陣のレベルは、どれだけ(工場の)現場のことをよく知っているかによると信じていた。それは、トヨタの生産システムこそが成功の再重要要因だからである。大野は「トヨタの管理職は現場にどっぷり浸かって、一日3回手を洗わなくてはいけないぐらいでなくてはならない」と明言している。(P.290)

一方で大野さんの例はいつも、過度な技術プラクティスへの偏向を呼んでしまいそうな気もしているので、単純化は良くないと思う(だってビジネスは技術者だけでやっているものではないのだから)。大事なのはコンテキストをできるだけ把握することなので、文化人類学とか、社会観察の技法とか、ユーザー調査、パターンランゲージなどが、参考になるのではないかと個人的には思っている。「対象に棲み込む」というのは野中先生のスライドで知った言葉だ。

リーダーは、いつ一歩下がり、いつ口出しして、質問したり、アドバイスやフィードバックを与えたらよいか、どうやって分かるのだろうか。それには、2つの基本的なルールがある。一つ目は、自分より部下の方が仕事をよく知っているときは、彼らから何かを学びたい時以外は、一歩下がっていたほうがよいということ。2つ目は、多くの研究によると、グループが創造的な仕事をしているときには、偉い人がつきまとっていろいろと質問したり、特にフィードバックすると、創造性が下がる。なぜか?創造的な仕事をするということは、始終失敗したり壁にぶち当たることを意味するが、部下は上司が見ていると成功したいと思ってしまう。結果としてより成功しやすいが創造性の低いアウトプットを求めてしまうのだ。だからこそ、10年以上に渡って3Mの研究開発部門を率いるウィリアム・コインが、自分の仕事は部下に任せて自由にやらせ、他の経営陣も口出ししないようにすることだと言っているのである。「種をまいたら、毎週掘り返して育っているかを確かめたりしたらいけないんだ」と彼は言う。 (P.294)

たしか「スクラムガイド」で(最新のやつではないかもしれない)、ケン・シュウェイバーが検査と適応の説明をする時、例えば工場の材料などだと、検査をしすぎれば壊れる、という例を紹介していた。チームに任せたら、ある程度は信じて待つ方が効率がよい、ということとこの話がつながるんだと勝手に解釈した。

第9章 事実に基づいた経営を生かす

この章は結びにあたる第3部に属する。少し引用しておきたい。

知恵の姿勢を実践するリーダーは、自分の組織が未完成の原型であると捉え、そのように行動し、「壊れていないから、直さない」という態度はとらない。組織は、危険な新しいアイディアで壊滅させるものではなく、滅茶苦茶で直せないものでもなく、抵抗がありすぎて変えられないものでもない。 (P.308)

また、失敗なしにイノベーションはない。ほとんどの企業変革は失敗に終わっている。合併しかり、新商品の開発しかり、技術上の変革もまたしかり。しかし、そうであったとしても、企業の変革以上に危険なことは、変革を全くしようとしないことなのだ。過去、そして現在の変革の努力から何かを学ぶことは、企業というものを未完成の原型と捉えることであり、そうした学習は、組織のメンバーがオープンに失敗や失敗しそうになったことを話せる心理的な安心感のある環境が必要である。(P.328)

失敗に対応する最も簡潔で有益なアドバイスは、医療の世界の「許せ、しかし記憶せよ ( forgive and remember )」 というモットーである。人々が人間である限り、避けることができない失敗について話し、認めるようにするには、許さなくてはならない。同じ失敗が二度と起きないようにするためには、記憶しなければならない。許して忘れる組織では、同じ失敗を何度も繰り返す。記憶するが許さず、失敗者のレッテルを貼り、罰する組織は恐怖を生みだす。結果として、処罰や屈辱を避けることが重要になり、他の人が学習するのを助けたり、システムを改善したりすることは二の次になる。失敗を許し、記憶することで、恐怖を生み出すことなく学習を奨励できる。(P.328-329)

友人の言うこと、あるいは同僚の言うことであっても鵜呑みにしてはいけない。匿名で事実を集めなさい。人の間違った採用、商品開発の失敗、うまくいくはずだったプロジェクトを駄目にしたミス、といったものから実際に何かを学習しているかを確かめなさい。いつもは自分と意見の合わない人、嫌いな人、知らない人、会社を辞めた人、あるいはクビになった人にも聞いてみよう。証拠を集め、現実と向き合うのだ。(P.329)

非常に多くの示唆と勇気を与えてくれる本であった。今回の旅の隙間時間はほとんどこの本に持っていかれたが、その価値はあったのではないかと信じている。

というわけで、これは私のメモ。かなり断片的に引用しているので、私のメモを鵜呑みにせず、ぜひ読んでみることをお勧めいたしまする。


最後になりましたが、素晴しい訳をつけていただいたテキサス大学サンアントニオ校の清水勝彦先生に、大きな賞賛と、敬意を表します。ありがとうございました。

Agile2012 の基調講演で サットン教授が登場予定

Agile2012 Keynotes

ロバート・サットン: エクセレンスをスケールアップする

ロバートサットンは、20年近くにわたって、シンプルだが重要なメッセージを作り続けてきた: 長期のパフォーマンスは、何らかの良いアイデアを持つことと、それを実現することで、達成される。彼は研究と、数々の賞を受けた著作、そして講義を通じて、事実に基づくマネジメント(evidence-based management) のムーブメントを作り、マネジメントプラクティスの世界と厳格な研究の世界の両方に価値をもたらした。

Robert I. Sutton is Professor of Management Science and Engineering at Stanford University; co-leads Stanford's Center for Work, Technology and Organization, is a faculty member in the Stanford Technology Ventures Program and a co-founder and active member of the new "d.school," a multi-disciplinary program that teaches and spreads "design thinking." Sutton is also an IDEO Fellow.

ボブ(ロバートの親しいときの呼び方)のメッセージは、ある新しいアイデアを聞いてから実行に移すまでをチューニングすることは、パフォーマンス改善の鍵だ、ということである。彼の仕事はそれをどうやって起こすかを示している。親切で身近ではっきりと述べるスピーカーとして、彼は企業のコンサルティング、経営者の指導、スタンフォード大学のプロフェッショナル教育を行っている。彼は学術としては90を越える論文と章を執筆して採択され、7冊の本や改訂版を出している。彼の研究と意見はよくメディアで取り上げられ、数々のラジオ番組やTV番組にげすと出演してきた。