ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

以前、ご紹介していた Joy, Inc. 日本語版が出版されます。邦題は「ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント」です。 

メンロー・イノベーションズ (Menlo Innovations) 社の創業から、社内の文化、どのように顧客とともにソフトウェア開発を行っているかについて、創業社長リチャード・シェリダン自身の手によって書かれた本です。

イントロダクション
1章 僕が喜び(Joy)にたどり着くまで
2章 スペースとノイズ
3章 自由に学ぶ
4章 会話・儀式・道具
5章 インタビュー・採用・立ち上げ
6章 観察のもつ力
7章 恐怖と戦い、変化を抱擁する
8章 ボスではなくリーダーを育てる
9章 カオスを終わらせ、曖昧さをなくす
10章 厳密、規律、品質
11章 持続可能性と柔軟性
12章 スケーラビリティ
13章 説明責任と結果
14章 アライメントー向きを揃える
15章 問題
16章 まとめ――喜びのなかへ
エピローグ――ひらめき
お勧めの先生たち
推薦者あとがき(川鍋一朗)
本書に寄せて(ケリー・パターソン)

著者のリチャードは、1999年ごろにアジャイル(ケント・ベックのXP)と、デザイン思考(IDEO)に出会います。それらのやり方を取り入れソフトウェア開発チームを目指します。

翌日になって僕はボブのところに行き、VP職を引き受けた。立場を利用して「めちゃくちゃイカしたソフトウェアチーム」を作るつもりだとも (P.23 )

ベックのWikiを読んで数週間後、今度はIDEOという会社がナイトラインというテレビ番組で取り入れられているのを見た。(中略) 三十分間の番組では、IDEOの仕事の様子を取り上げており、それはまさにベックがエクストリーム・プログラミングとして紹介しているやり方の実例だった。ベックの手法そのままではないとはいえ、IDEOは熱意のある会社であり、密接な協調によるチームワークと顧客との素晴らしい関係性を持ち、優れたデザイン思考を持っていた。(P.25)

僕はチームのメンバーを全員集めた。十四名のソフトウェアエンジニアだ。そしてエクストリームプログラミングの話を聞かせた。彼らにとっては全く新しい考え方だ。それまでの経験と蓄積とはまったく異なる手法で、ショッキングと言ってもいい。最後に僕は聞いた。「みんな、どう思う?」

だれも、一言も言わなかった。(P.28 )

ここ二年ほど、クレアはまた別の手法を導入してきたが、失敗に終わっていた。親しみを込めて「ソフトウェア開発ライフサイクル」(SDLC)と呼んでいたが、業界では一般的にウォーターフォールと呼ばれる手法だ。このプロセスでは、中央集権的な委員会、定められた会議体、経営陣の承認、フェーズごとの審査と継続判断、委員による中間成果物の数知れないレビュー、などなどが求められる。(P.29 )

 実験が始まって三週間ほどたったとき、クレアが僕を呼び止めた。そして、まだ給料を払うつもりかと質問した。

「どういう意味だ?」僕は聞き返した。

「すごく楽しいんです。働いているように感じないんですよ。その上給料までもらっていいものか、ちょっとわからなくなって」(P.31 )

ある日の朝、ジェームズが興奮した様子で現れた。彼が案内してくれたのは、インターフェイス社が以前プリンタを製造していた、古い工場だった。(中略) ひらけた空間だけで、壁も、オフィスも、パーティションも、ドアすらない。巨大でオープンな、共同作業のための空間だ。いけるかもしれない!僕たちはこの場所を乗っ取ることにした。(P.32 )

この取り組みは成功し、しばらくして、業績好調の会社は2000年にシリコンバレーの会社に買収されます。しかし、インターネットバブル崩壊。親会社は経営が傾き、リチャードたちの拠点を含め全国のリモートオフィスを閉鎖、リチャードたちもレイオフされます。そこですぐ四人で、会社を興こす決断をします。それが、現在のメンロー・イノベーションズ社。15年にわたって、アジャイルとデザイン思考を通じて、ソフトウェア開発が必要な顧客に価値を与え続けてきました。

この本ではメンローで行われている、アジャイルに親しんでいる私たちにもおなじみのやり方の数々が紹介されています。デイリースタンドアップ、見積もり、計画ゲーム、見える化、コミュニケーション、採用からチームづくり、リーダーシップとマネジメントのすべて。 

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そして、 私たちがUX(ユーザエクスペリエンス)だとか、UCD(ユーザー中心設計)と呼んている要件定義手法も取り入れています。

メンローで世紀の大発見をひらめいたのは、殆どのソフトウェアチームが何か基本的なことを見失っているとわかったときだ。僕たちの喜ぶべきゴールがエンドユーザに喜んでもらうことなら、そのエンドユーザーにはずっと利用し続けてもらわなければいけないのだ。ハイテク企業に限らず、ほとんどの人たちがいまだにソフトウェアには苦痛を感じている。しかし、あなたの会社と同様、ソフトウェアを使わなければ何もできない。(P.138)

このような紙ベースかつ手描きのユーザーエクスペリエンスデザインのプロトタイプは、実際のユーザーが検証する。ハイテク人類学者たちは、プロトタイプを触ってくれるユーザーを集めてくる。そしてデザイン案についての意見を求める代わりに、プロトタイプを使って何らかの作業をしてもらい、その過程を観察する。(P.150)

そして、開発の計画は開発者も顧客も巻き込んで行っていきます。「計画おりがみ」と名付けられた手法です。

計画おりがみというテクニックを使い(7章で詳細に説明する)、プロジェクトマネージャーは顧客をガイドする。計画シートの上に、おりがみで作ったストーリーカードを乗せていくのだ。計画シートもストーリーカードも、物理的な大きさにより予算と時間を示す。ストーリーカードは開発する機能を示す。必要な時間は見積もりの儀式ですでに見積もってある。計画シートの大きさは、その週に使える時間を示している。(P.99)

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私たちが様々な本で読み、多くの人の話で伝わってきて、自分たちでも試してきた手法や文化の多くが、ここに結実していると感じます。そしてこの会社は、天才たちが作った「イケてるハイテクソフトウェアベンチャー」ではないんです。シリコンバレーですらない。決して手の届かない技術を使っているわけでもないんです。道具はすでに私たち、何年もかけて、十分に学んできました。この本に書いてあることで、理解できないことはおそらく一つもないでしょう。

ところで、リチャードの役職名はCEO兼チーフストーリーテラー。社長であり、また社内で起こっていることを外に伝えることを責務にしているようです。この本をはじめ、講演、社内見学ツアーを通じて、幅広く活動を行っています。いつか見学に行きたいものです。

 

12月19日の発売ですが、すでに一部の書店さんには先行して置いていただいています(写真は池袋のジュンク堂さん)。おそらくビジネス書の経営の棚にあります。アジャイルやソフトウェアの棚にも置いていただいているかもしれません。

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 仕事やコミュニティで関わってきた、いつもの仲間たちであり、最高の先生たちと一緒に訳しました。素晴らしいレビュアーの皆さんにも手伝っていただいて、出版社の皆様の手厚い支援にも恵まれ、いつもの方法で翻訳作業が進められ、届けることができます。本当にありがたい、喜び(Joy)に満ちた一冊になりました。読者の皆さんにも私たちが感じた興奮が共有できることを大変嬉しく思います。

 

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント