Joy, inc. のリチャード・シェリダンさんの基調講演書き起こしが公開されました。

Regional Scrum Gathering Tokyo 2018で基調講演をしていただいたRechard Sheridanさんの講演の書き起こしが、ログミーTechさんで公開されました。3回にわけて毎日更新だそうです。

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ネガティブイベント、官僚化、そしてシャドーIT

ネガティブイベント、つまり悪い物事が起こると、組織が反応を起こしますよね。ソフトウェア業界であれば、それは分厚い本のようなものです。文書による承認、委員会の招集、ミーティング、誰かが承認しないといけない申請書で埋め尽くされた分厚い本です。ソフトウェア開発のライフサイクルといった書類です。私たちは、カオスから脱却しないといけません。そしてその分厚い本を司るプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)を設立します。

そして官僚主義に至ります。全く仕事が終わらない状態(カオス)から脱却しようとしたのに、今度は仕事を始めることすらできなくなるのです(官僚主義)。待つ必要があるからです。サイン(ハンコ)、書類の承認、委員会の会議、誰かが何かを決めることを待たねばなりません。そしてもちろん、そんな状態でも、仕事しないといけないし、終わらせないといけません。

そしてシャドーITが根を張ります。皆、物事を終わらせるために、システムの外側で作業を始めるのです。その結果、私たちはカオスと官僚主義の両方に同時に放り込まれます。

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これがまさに私の人生でした。ここでまさに、私は自分の専門分野に対して心が折れてしまったのです。

 

エクストリーム・プログラミング(XP)とデザイン思考(IDEO)との出会い

悲しみについてお話ししましょう。この業界におきるもっとも悲しい物語は、例えば非常に長時間、一生懸命働いていたのに、ある日上司が来て「この案件はキャンセルになった。もうやめだ。この仕事が世に出ることは決してないだろう。新しいプロジェクトがあるからとりかかってくれたまえ」と言われたときなどです。プロジェクトが葬られると同時に、自分の一部も消えてしまいます。

私はそういった経験をしていました。そして探求の旅を始め、この本にたどり着きました。ケント・ベック著『エクストリームプログラミング』です。

エクストリームプログラミング

エクストリームプログラミング

 

そして私は、カリフォルニアにある商業デザイン企業IDEOの動画も視聴しました。まず書面で読んでから、動画を見たのです。するとその瞬間、私の頭の中で何かがカチッとはまりました。すべてのことが突如はっきりと明快になり、私は自分のやりたいことがわかりました。 


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オープンスペースではなく、オープンカルチャー

私たちのやり方を見学するために、世界各地から年間3千から4千人が訪れます。見学者が大きな入り口のドアをくぐると、見えるのはこの光景です。広々としたオープンな環境です。多くの見学者はオープンスペースをあまり好まず、いやがります。オープンスペースは、ソフトウェア開発の環境としては良くないのではないか、と考える人が大勢います。「リッチ、オープンスペースはうまくいかないと説く本を何冊も読んだが、なぜメンローではうまくいったのだろうか」と聞かれます。

私はこう答えます。「私たちが作ったのは、オープンスペースではありません。オープンなカルチャーです。このスペースは、私たちが根底に持つ、風通しの良さ(オープンネス)、透明性、コラボレーションといったカルチャーの価値観を反映しています。私たちの職場は騒音であふれていますが、これは働く時に立てる物音であり、週末に応援するスポーツチームの得点についておしゃべりする声ではありません。働く音なのです。

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人間とは何かという概念を拡張する

35年前、ネイスビッツはすでに現代にタイムリーなこの言葉を書いているのです。「21世紀最大の発明は、技術そのものではなく、人間とは何かという概念を拡張するものになるだろう」

この言葉は、技術を軽んじているわけではなく、人間の方がより大切であると訴えています。私たちは時にそれを忘れてしまっているように感じます。

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そこで、社内の対話を変革するためには、デジタルに頼らないことにしました。Slackでもメールでもなく、メッセージアプリでもありません。私たちの言うところの「ハイスピード・ボイス・テクノロジー」です。

 デイリースタンドアップ

毎朝10時、アラーム時計が「ボーン、ボーン」と鳴ると、全員が立ち上がり、円陣になります。デイリースタンドアップミーティングには、60人から70人が出席します。(写真を指して)全員が出席します。犬も出席します。

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バイキングの兜を持ってペアで発表する

私たちはペアで仕事をしていて、ペアで発表をするために起立します。バイキングの兜が回ってくれば、ペアのパートナーとあなたが、自分たちが今やっていることを話す番なのです。話し終われば次のペアに兜を渡します。話し終われば、さらに次のペアに兜が渡されます。兜は70人の手を渡り、全員が話し終わると、テーブルの上に戻されます。こうしてミーティングは終了します。通常30分くらいの長さです。

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ショウ&テルで顧客に報告 (実際は顧客が報告)

メンローでは役割が逆転します。私たちが、顧客に前の週の進捗を報告するのではありません。顧客側にコンピュータとマウスを配置し、進捗中のソフトウェアをスクリーンに投影して、「顧客が」私たちの前週の作業を「メンロー社員たち」に見せ、メンローの担当者がそれを見学するのです。

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計画ゲームで顧客と協調的に計画を行う

作業は全て、インデックスカードに手書きで書き込まれます。見積は1時間単位で立てられ、カードは見積の大きさに合わせて折りたたまれます。こちらが16時間のカード、8時間カードはこれ、4時間カードはこれくらいの大きさです。大きさで判別できるようになっています。

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 実行するのは開発チーム。すべてをペアで進める

ひとたびプランが完成すれば、全員の目につく場所に貼り出されます。全ての紙片について、縦はそれぞれペアが費やした5日間の作業内容を示し、横に貼り出したひもは5日間のサイクルで現在どのあたりかを示しています。ひもは、工程が進むにつれ、時計のように毎日進みます。

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 QAチーム(実際はQAを担当するペア)が完了を評価する

メンローでは、プログラマーたちには「完了したと思う」と表現してもらいます。QAチームがチェックをしその了承を得られれば、緑の評価を得られます。緑の評価をもらえることは、プログラマーたちにとって非常に喜ばしいことです。メンローにおける「緑ドット」は、プログラマーにとって幸せと喜びの象徴です。

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 ハイテク人類学者はUXリサーチから要件定義を担う

メンローのハイテク人類学者たちは、世界にでかけて行き、相手が暮らしている環境の中で相手を観察します。トヨタの人たちの言うところの「現場へ行く」ですね。働いている現場に行く理由は、相手のワークフローや習慣、生き方の目標、働き方を表現する言語を把握するためです。

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 実験してよう!やってみて学ぼう!

だからこそ、私はみなさんに、このシンプルな言葉を覚えて帰っていただきたいのです。もし誰かがみなさんに「うちの会社ではうまく行かないだろう」と言ったら、みなさんは相手の顔を見て、「そうかもしれない。でも、実験してみよう」と言うのです。「ノーと言う前に試してみよう。何が起こるかを見てみようじゃないか」

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顧客やステークホルダーを巻き込むには

なぜなら、我が社ではプロジェクトを壊すものは2つあると信じています。1つ目は、「恐れ」です。恐れても、悪いニュースは無くなりません。恐れは、悪いニュースを隠してしまいます。私たちは、恐れを克服するには、問題を進行させず、迅速に対処します。

プランが遅れ気味で、顧客がカード(注:プラン作成用の手書きカード)を吟味している時には、顧客はテーブルにカードを並べながら、直に個人的に参加しているのです。カードは壁に貼り出され、5日以内にディスカッションを始めます。すると顧客は、私たちが仕事をするためには、自分たちの仕事がどれだけ大切か理解し始めます。なぜなら、顧客が仕事を終わらせないと、私たちの仕事にも影響が出るからです。

要するに、シンプルに全体を見える化するのです。顧客との新たな関係を築くことができます。言うのは簡単ですが、実際にやるとなると、非常に難しいですよね。ありがとうございました。

自分たちでやり方を変えていく

すると彼らは言いました。「赤ドットには、『停滞』や、『完了したと思う・QA待ち』など、いろいろな意味がありすぎて、赤だけでは成り立たなくなってきたのです。しかもQAで問題が見つかれば、前のカードの指示まで戻ってやり直さなくてはなりません。そこで、チームが『オレンジのドットを使う』という実験をしたのです」今では、オレンジドットが「完了したと思う、QA待ち」という意味を持つようになりました。

委員会も、大きなミーティングもありませんでした。誰かが小さなオレンジドットのシールを持って来て「オレンジドットを使ってみよう」と言ったのです。10年ほど前のことです。以来、私たちはずっとオレンジのドットシールを使い続けています。

講演資料はこちらです。 

speakerdeck.com

  

 

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

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logmiを見直して

一年たった今見直しても、すばらしいお話だったと思います。2000-2001年ごろにちゃんと走り出している人たちがいて、ずっと工夫しながら続けてきて、当時「うちには難しいな」と思って諦めた多くの人たちにとって、背筋を伸ばさせられるトークになったのではないかと思います。でも、全然今からでもできるんじゃないかと思います。具体例もあるし、十数年分の経験を積み重ねてきたのですから。しかも飛行機に乗ってミシガンに行けば(デトロイトから30分です)、簡単に見せてくれるんです。残念ながら偉い人の北米視察コースには入ってないと思いますが。

RSGT2018では、Microsoftのエンジニア、河野通宗さんの基調講演も行われました。こちらもクラウド時代のエンジニア像として、生々しく話してくれています。LogmiTechでどうぞ!

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