はじめに
アドベントカレンダーの時期、ブログなどで、セッションの通し方、みたいなノウハウが語られることが多いようです。カンファレンスの実行委員としてオープンプロポーザル形式で公募するようになって長いので、私なりにこうあってほしいなーということを書いてみることにしました。
「よいセッションの作り方」「よいプロポーザルの書き方」「そのための日々の過ごし方」という流れでブログが書かれるといいなーと思うのですが、実際は「ウケるプレゼン作成術」「通るプロポーザルの書き方」こそが利用者にウケる、というコンテンツが増えたりはしそうです。
これはOutput, Outcome, Impact の話につながるのですが、登壇することを通じて得たい成果(Outcome)は話を聞いてもらって、参加者の皆さんに活かしてもらうこと、それが話者の評価にもつながるというところかなと思います。そうして参加者の皆様が成功すればImpactにつながるし、逆に登壇に向けスライドや発表概要を用意することは Output に過ぎないんだと思います。もちろん必要なことなのですが。
Output, Outcome, Impactについて詳しくは、RSGT2025でのJeff Patton氏の基調講演をご覧ください。
【字幕】あなたのプロダクトの価値はなんですか?いまさら聞けないアウトカムとインパクトの話 ジェフ・パットン氏基調講演 RSGT2025 Jeff Patton
ということで「よいセッションとはなにか?」から考えてみようかと思います。
1. よいセッションとは何か
よいセッションを考える時、視点は聞く人、話す人、カンファレンスの実行委員あたりが考えられるでしょうか。まず聞く人にとってのよいセッションについて考えてみたいと思います。
参加者の時間をいただくということ
まず、カンファレンスで参加者がそのセッションを選択するとき、参加者の貴重な時間をいただくわけなので、内容のミスマッチ、まったく求めていない内容が話されて、興味すら持てない、という状態は避けたいですよね。
特にカンファレンスでは:
- 参加者は複数のセッションから「選択」している
- つまり他のセッションを諦めて、あなたのセッションに時間を投資している
- その時間は二度と戻ってこない
ミスマッチが起きる典型的なパターンとしては、タイトルと内容のズレ(「実践」と書いてあるのに理論の話だけ、など)、対象者の不明確さ(マネージャー向けなのか、実践者向けなのか)、約束の不履行(プロポーザルで示唆した「学び」が提供されない)などがあります。
しかし、「ミスマッチを避ける」はよいセッションの必要条件であって、十分条件ではないんですよね。ミスマッチがなくても、「期待通りだったけど、何も新しいことはなかった」では、その時間が活きたとは言えないかもしれません。
教育心理学からの示唆:よい学びとは
「人は、学び続ける動物である。なぜそういえるかというと、人が問題を解いていたり、新しい問題の解を見極めたりする時どういうことが起きているかを詳細に観察してみると、人は、何かが少し分かってくると、その先にさらに知りたいこと、調べたいことが出てくることが多いからだ。人はなにも知らないから学ぶのではなく、何かが分かり始めてきたからこそ学ぶ、ともいえる。」(第一章 P.13-14)
教育心理学概論という本は、「よい学びとは何か」の問いから始まります。学校の教室で教えたいことは、科学的な理論だったりするわけですが、それは自身の実践で得られた経験(素朴理論)と結いつき、自分なりに解釈して、試してみたりしながら理解すると、よい学びになるという。
理論と実践は不可分のものだと思います。ただ人の話を聞くだけではなく、それを聞いて、こう考えてやってみた、その結果どうだった、またどう考えた、という往復があります。
教育心理学でいう知識の3層構造:
- 形式的知識(理論、考え方、本で読んだこと)
- 統合された理解(両者が結びついた、使える知識)
- 素朴理論(自分の実践から生まれた経験則)

よいセッションが参加者の中で起こすことは:
- スピーカーの考え方・実践が語られる
- 自分の素朴理論と照らし合わせて「ああ、あれはこういうことだったのか」となる
- または「自分はこう思っていたけど、別の見方があるのか」と揺さぶられる
- 自分なりに解釈して、やってみたくなる
そう考えると、よいセッションには、スピーカー自身の素朴理論が見える(失敗、葛藤、試行錯誤)、考え方と実践の往復が語られる(「こう思ってやってみたけど、こういう考え方に出会って」)、参加者が自分の素朴理論と対話できる余白がある、といったことが求められます。
「ウケるプレゼン」は、スピーカーの話を「わかりやすく」伝えてくれるものでしょう。
一方で「よいセッション」は、参加者が自分の経験と対話しながら理解を深める場になるものなのではないか、と考えます。
学びの遅延発火
そしてその結びつきは、セッション中に起こるとは限らない、ということも重要かもしれません。
そこに参加して話をきいた、という心理的な結びつきから、あとで見返したり、ほかの人の感想を聞いたりしながら、ああそういうことだったのか、と後日気づくということはよくあります。でも、参加した時の体験が良くなければそれも生まれにくい。
よい体験なら:
- 「あのセッション、もう一度振り返ろう」となる
- スピーカーのSNS投稿に反応する
- 他の参加者と「あのセッション良かったよね」と話す
- 実践してみて、わからないことがあったら聞いてみようと思える
あまり良くない体験だと:
- 理解があまりできなくて、その人が頑張ったことくらいしかわからない
- そのあと活用するポイントがあまりなくて、他の人と話すきっかけにならない
- 社名くらいしかわからなかった、ということになってしまう
ここでいう「よい体験」は「楽しかった」だけではなくて、心理的安全性がある(質問しやすい、失敗を共有している)、誠実さを感じる(スピーカーが正直に語っている)、対話的である(一方的な講義ではない)、余白がある(考える時間、咀嚼する時間)といったことだと思います。
2. よいプロポーザルとは何か
よいセッション体験は、よいプロポーザルから。では、どのようなプロポーザルがよいのか。
よいプロポーザルを書こうとするとことは、話す人側にも大きなメリットがあると考えます。プロポーザルを書くこと自体が、自分の実践や考えを整理する機会になります。推敲するうちに、なにをどう話すかの道筋が明確になります。
プロポーザルは参加者への最初のコミットメント
まず、セッションの内容をなるべく誠実に記載することが重要だと思います。私は「ネタバレするくらいに書きましょう」と言っています。
多くの人が陥りがちな考え方と、よりよい考え方:
- 陥りがちな考え方:内容を隠して「気になる」と思わせる → 選んでもらう
- よりよい考え方:内容を明示して「まさに自分が求めているもの」と思ってもらう → 適切な人に選んでもらう
ネタバレは、ミスマッチを防ぐ(参加者の時間を有効に使える)、本当に必要な人に届く、スピーカー自身も「コミットした内容」が明確になる、といった効果があります。
プロポーザルはいずれそのまま、もしくはアップデートしてセッション概要になるイメージです。つまり:
- プロポーザルは参加者への最初のコミットメント
- セッション概要はそのコミットメントの履行の宣言
- セッション自体はその実現
一貫性が重要になります。
ConfEngineの構造を活用する
ConfEngineのセッション概要は、概要だけでなく、アウトラインや学習目標を書けるようになっています。あと想定聴衆のイメージを書くことで、まず容易にパターンマッチできるようにしています。
ConfEngineの主要なフィールド:
- Abstract(概要):セッションの全体像
- Outline(アウトライン):話の流れ、構成
- Learning Outcome(学習目標):参加後に「何ができるようになるか」「何がわかるか」
- Target Audience(想定聴衆):具体的な対象者像
- Prerequisites for Attendees(参加者の前提条件)
- Level(Beginner/Intermediate/Advanced/Executive)
個人的にとても重要なのはアウトラインだと考えていて、これにそって後日資料作成をすすめていけばいい。これが骨格になると考えています。
アウトラインの役割:
- プロポーザル段階:審査者が内容を具体的に評価できる
- 採択後:スライド作成の設計図になる、話が脱線しない
- 参加者にとって:事前に内容を把握できる、後日振り返るときの索引になる
いまなら生成AIにお願いすれば細かいところは書いてくれるとも思いますので、量が多いことはあまり大きな問題にはならないと思います。ただし、核となる実践、素朴理論、葛藤は本人にしか書けません。
Target AudienceやLevel、Prerequisitesについては、完璧な分類装置ではないですが、スピーカーが誠実に考えて書くこと自体に意味があります。参加者は、それらの情報を総合的に判断して選びます。ある程度のミスマッチは起こる前提で、それでも透明性を高める努力をするということです。
オープンプロポーザルとの関係
オープンプロポーザル方式を採用しているのは、コンテンツを最終決定するのが実行委員だとしても、実行委員が「よさ」をすべて認識できるとも思えないので、結果的に採択されなくても、誰かにとって「よいプロポーザル」であれば、ほかのカンファレンスや勉強会で、その知識や、仲間としての人のつながりを探している人に伝わる可能性があるからです。
また、実行委員にとっても、内容が具体的で誠実に書かれたプロポーザルは審査しやすく、セッションの質を見極めやすくなります。アウトラインがしっかり書かれていれば、「このセッションは参加者にとってよい体験になりそうか」を判断できますし、スピーカーの実践や葛藤が見えれば、その深さや誠実さも伝わってきます。
当落だけがプロポーザルの価値ではなく、その内容や、考え方、考えている人の継続的な取り組みが、ほかの人に知れてくれることがコミュニティとして貴重な機会になると考えます。
プロポーザルの多層的な価値:
- 採択される:そのカンファレンスで話せる
- 別の場で活きる:他のカンファレンスの実行委員が見つける、地域の勉強会主催者が声をかける
- 人とつながる:同じ課題を持つ人がコンタクトする、実践者同士の発見装置として機能する
- 継続的な取り組みの可視化:毎年プロポーザルを出す人の成長が見える
オープンプロポーザルについては以前書いた記事も参照していただければ幸いです。
3. そのための日々の過ごし方
では、よいセッションにつながるプロポーザルを書くために、日々どう過ごせばいいのか?
実践と素朴理論の蓄積
これを言ったらおしまい感はありますが、まず、語るに値する経験を生きるということだと思います。
もう少し具体的にすると、形式的知識(考え方)と自分の実践を往復する。そこで起きる、失敗や葛藤を隠さず、咀嚼して、自分の血肉にしていくということ。
セッションで語るべきは、完璧な成功談ではなく、試行錯誤のプロセスです。そうした生のプロセスの開示が、参加者の素朴理論と対話する素材になるんだと思います。
フィードバックに対して開く
自分の考えを開示する勇気、他者の視点を受け取る準備が必要です。完璧でなくてもよい。むしろ、完璧でないからこそ対話が生まれます。
この点については以前書いた記事も参照してください。
他者のセッションへの深い興味
こうした日々の過ごし方は、他者のセッションを聞くときの姿勢にも影響します。ほかのスピーカーの話を聞いたときに、このセッションは、この人は、どのように考えてこういう話に至ったのかに、深い興味を抱くことができるんじゃないかと思います。
自分がプロポーザルを書く苦労を知っている、実践から言語化する難しさを知っている、だからこそ、他者のセッションを聞くとき、表面的な「テクニック」ではなく、その背景にある実践と思考のプロセスに興味を持てるようになります。
4. それが生むコミュニティ
正統的周辺参加の構造
それが、正統的周辺参加を形成していると考えています。
私が運営しているカンファレンスでは、実践者をなるべく価値の中心におきたいと考えています。
- 実行委員: この会を維持して、場を継続するために年間を通して参画している。
- スタッフ: 場を維持するために仕事を休み、出たいセッションを多少我慢するなど、本当にしたいことを犠牲にして貢献している。
- 登壇者: 貴重な時間を投資して自らの知見や体験を共有しようとしている。
- スポンサー: 会社にこの場所の価値をアピールして、予算を確保し、その目的と場の整合性をとって、参加者にも会社にも価値があるように考え動いている。
- 参加者: 貴重な時間とコストを支払ってこの場所を楽しみ、学びを得ようとしている。最も数が多く、最も多様な、カンファレンスの主役です。
ですので、まず普通に参加するところから、人によってはスピーカーを目指すのかもしれないし、スタッフになる人も、スポンサーとして盛り上げることを考えていただく人もいる。そういうパスを想定しています。しかし、すべてがコミュニティにとって必要で、価値があることです。それが長年積み重なることで、現在のコミュニティを形成していると考えています。継続していることには、我々が考えつくこと以上に、意味があるのではないかと考えます。
「初心者歓迎」を掲げない理由
私は「初心者歓迎」「やさしい」を掲げることはしていません。別に難しくしようと思わないし、出来る限りハードルは下げるほうがいいと思っていますが、初心者が来てくれた時に、ある程度抵抗を覚えることは避けられないですし、初心者だけが尊いわけではない、というか一番尊いのはもっと知識を共有してくれるスピーカーだったり、もっと多くの資金を負担していただいているスポンサーさん、平日に仕事を休んでまで貴重な労力を提供してくれているスタッフの皆さんなわけです。
誰にとってもフレンドリーでありたいと思いますし、入り口で迷っている人には、だれもが手を差し伸べたいと思っていると思います。もちろんその人が迷っていたい、お風呂の温度を確認したい(Test the Waters)時もあるでしょうから、声をかけるかどうかも考えながら。
他のカンファレンスのほうがその人にとってふさわしいこともたくさんあるでしょう。自分勝手に決めつけてこちらを押し売りするつもりは毛頭ありません。
スピーカーと聞き手の相互作用
開く人が増え、深く受け取る人が増える。その相互作用で対話の質が上がります。カンファレンス全体が学びの場として機能する。これが持続的な学びの循環を生むと考えています。
おわりに:2026年上半期のカンファレンスに向けて
RSGTのプロポーザル結果が出たこの時期だからこそ、次のステップを考える好機です。
採択された方も、されなかった方も、あなたの実践と思考には価値があります。RSGTは数多くある場の1つに過ぎません。
2026年上半期には、こんなカンファレンスが予定されています:
- Women in Agile Tokyo & Agile Leadership Summit
- Scrum Fest Morioka(2月20-21日に初開催!)
- Scrum Fest Fukuoka
- Scrum Fest Nagoya(3月28日に初開催!)
- DevOpsDays Tokyo
- Scrum Fest Niigata
それぞれ異なる文脈、コミュニティを持っています。あなたの実践が、どこかのコミュニティにとって必要とされているかもしれません。
オープンプロポーザルの思想のもと、あなたの考えを開示することは、一つのカンファレンスでの当落を超えた価値を生みます。
ぜひ、次の一歩を。
追記
この記事はRegional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2025に向けて書いたものです。
adventar.org
