「レシピを捨てよ、シェフになれ」― RSGT2026で語られたアジャイルの未来

2026年1月、羽田空港直結のベルサール羽田空港で開催されたRegional Scrum Gathering Tokyo 2026。今年の3つの基調講演を聴いて、私の中で一つのキーワードが浮かび上がりました。

「自律」

予算管理の自律、アジャイル実践の自律、そしてAI時代における人間の自律。三者三様のテーマでありながら、根底には同じ問いかけがありました。

2026.scrumgatheringtokyo.org



100年前の発明に縛られていないか?

初日に登壇したBjarte Bogsnes氏。Beyond Budgeting Roundtableの会長であり、北欧最大のエネルギー企業Equinorで従来型予算を廃止した張本人です。

彼が最初に投げかけた問いが印象的でした。

「あなたの会社で使っている予算管理の仕組み、いつ発明されたものか知っていますか?」

答えは、約100年前。マッキンゼー創設者ジェームズ・O・マッキンゼーが体系化した手法が、いまだに多くの企業で使われているのです。

Bogsnes氏は「信号機とラウンドアバウト」という比喩を使いました。従来の予算管理は信号機のようなもの。過去のデータをもとに、現場にいない誰かがルールを決め、現場はそれに従うだけ。一方、Beyond Budgetingはラウンドアバウト。現場のドライバー自身がリアルタイムの情報をもとに判断する。

研究によれば、ラウンドアバウトの方が事故も少なく、交通の流れも効率的だそうです。組織運営にも同じことが言えるのではないか、というのが彼の主張でした。

興味深いのは、彼が「予算を廃止しろ」と言っているわけではない点です。予算が持つ3つの機能―目標設定、予測、リソース配分―を分離し、それぞれ適切なタイミングで見直すことを提案しています。

年に一度の儀式的な予算編成から、継続的な対話と調整へ。これはまさにスクラムの「検査と適応」そのものです。



家畜化されたアジャイルを野に放て

2日目のDave Snowden氏の講演タイトルは「Rewilding Agile(アジャイルを野生に戻す)」。Cynefinフレームワーク創始者であり、DSDMコンソーシアムの創設メンバーとしてアジャイルの黎明期から関わってきた人物です。


彼は現在のアジャイルを「家畜化された犬」に例えました。

野生のオオカミは5種類しかいませんが、高いレジリエンスを持っています。一方、人間によって家畜化された犬は数百種に分化し、見た目は多様になりましたが、多くは野生では生きていけません。

アジャイルも同じだと彼は言います。アジャイルマニフェストが掲げた価値と原則は、認定制度や方法論、フレームワークによって「家畜化」されてしまった。レシピ通りに作ることしかできない人が増え、状況に応じて判断できる「シェフ」がいなくなった。

Too many recipe book users, very few chefs
レシピ本ユーザーは多いが、シェフがほとんどいない

この言葉が会場に響きました。

Snowden氏はまた、複雑性科学の観点から興味深い指摘をしています。

複雑系は分解と再結合でスケールする。集約や模倣ではない」と。大規模フレームワークを導入すれば解決する、成功事例をコピーすれば再現できる、という発想への警鐘です。



「逃げちゃダメだ」― スクラム第二章の幕開け

3日目のクロージングキーノートは、ウルシステムズ創業者の漆原茂氏。AIエージェント「Devin」を使った開発の実践者として、現場のリアルを語りました。

札幌市役所の150万ステップ置き換えプロジェクトでは、最大200のDevinを並列稼働させ大幅なコスト削減を実現。「グレない、拗ねない、1 on 1 要らない。言ったこと忘れない」とAIの特性を表現し、会場の笑いを誘いました。

しかし、彼の講演の核心はAIの凄さを語ることではありませんでした。

むしろ、AIが当たり前になる時代に「人間に何が残るのか」を問いかけていました。


  • 何を作るかを決める意思決定
  • 「なぜそれを今やるか」の判断
  • 技術的不確実性への対応
  • 説明責任、価値や倫理の判断
  • ナレッジを抽出し、共有すること
  • モデリング、メタ設計

これらは当面、人間にしかできないことです。

漆原氏はスクラムの5つの価値を、AI時代に合わせて再解釈することを提案しました。


価値 AI時代の解釈
勇気(Courage AIに任せすぎない勇気
集中(Focus) 「問い・学び」に集中
確約(Commitment) 「価値」へのコミット
尊敬(Respect) ヒトとAIの役割を尊重
公開(Openness) AIの判断・限界を開示

講演の最後、漆原氏は静かに、しかし力強く言いました。

スクラムの第二章が幕を開けた。逃げちゃダメだ



三つの講演が指し示すもの

Bogsnes氏は「信号機からラウンドアバウトへ」と語り、Snowden氏は「レシピ本ユーザーからシェフへ」と語り、漆原氏は「タスク消化から問いと学びへ」と語りました。

言葉は違えど、すべて同じことを言っています。

「与えられたルールに従うのではなく、自分で判断せよ」

予算も、フレームワークも、AIも、すべて道具に過ぎない。道具を使いこなすのは人間です。そして使いこなすためには、原則を理解し、状況を見極め、自分で判断する力が必要です。

Snowden氏の「シェフになれ」という言葉が、三つの講演を貫くメッセージを象徴しているように思います。レシピに書いてあるから砂糖を入れるのではなく、今ここで何が必要かを判断して蜂蜜を使う。そういうマインドセットが、これからのアジャイル実践者に求められています。



さいごに

RSGT2026の3日間を終えて、アジャイルコーチとして心に強く思ったことがあります。

フレームワークを押し付けるのではなく、皆さん一人ひとりが「シェフ」になるためのトレーニングやコンサルティングを続けていきたい。

AI時代になると、定型的な作業は機械がやってくれるようになります。残るのは、判断と意思決定と、人間同士のつながりです。

スクラムの第二章が始まりました。

みんなで始めていきましょう。



Regional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)の運営で選択してきたこと

1月14日のパネルディスカッション「技術カンファレンス主催者のリアル〜RSGT、pmconf、emconf〜」に向けて、Regional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)の運営で選択してきたことを整理しました。

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「こうすべき」という話ではなくて、「こうやってきた」という共有です。他のカンファレンスとは文脈も規模も違うので、何か考える材料になれば幸いです。

 

大前提:ボランティア運営とGathering

まず前提として、RSGTは全員ボランティアで運営しています。実行委員も当日スタッフも、誰も給料をもらっていません。本業の傍ら、この場を作ることに時間を使っている。

そして名前の通り「Gathering(集まり)」なんです。ドラマ「アウトランダー」に出てくるスコットランドのクラン(氏族)のギャザリングをイメージしています。数年に一度、氏族が集まって宴会しながらいろんなことを決めたりもする、あの感じ。基本は数百名が一カ所に集まって宴会するんですよ。日本で言えば地方のお祭りのイメージですね。お祭りには今年のテーマもなければ、主役もいない。正しい主張だから人が集まるのではなく、利益を得られるわけでもなく、ただ、話し合って学びたくて、楽しいから来てる。

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長年の関係が基本にあって、もしかしたら閉鎖的に思えるかもしれないけど、旧交を温めあってこれからの未来を考える。一方的に聴講するConferenceではなくて、参加者同士の交流を中心に設計しています。廊下での立ち話、懇親会での出会い、セッション後の議論。そういう「人と人がつながる場」を大事にしています。

 

比較優位で語らない

RSGTでは「あの人はすごい」「このセッションは人気」という序列や比較の文脈を持ち込まないようにしています。

登壇者も参加者も「実践者」として対等。スター講演者で集客するという発想がそもそもない。Likeの数だけでプロポーザルの採否を決めることもしません。あと、表彰なども、いまのところ、していません。アメとムチで差別化して外発的動機付けで人をコントロールしない、というのがスクラムチームの基本かなと思う部分もあります。

これは意図して設計したというより、一つ一つの選択を積み重ねた結果そうなっていった、という方が正確ですね。

外発的動機付けを排除する設計

RSGTには、外発的動機で来る人が来づらい設計になっています。

  • スポンサーに参加者リストを渡さない
  • 報告書も出さない
  • 講演は後日YouTubeで全て公開する
  • 66,000円で3日間という価格設定

この価格は昨年、新会場羽田空港に移る準備として、その会場代が上昇することに合わせて値上げをさせていただいた後の値段になります。多くのコストをご負担いただくことになってしまい、大変恐縮です。ですがスタッフはボランティアですし、営利を目指した運営もしていませんので、単純にコストと不確実性を加味した上での料金を考えたうえでのこの価格になっています。

一日2万円強。これは実は2011年に初めて開催したとき、当時のドル円レートで米国のカンファレンスを評価した際の一日あたり価格とだいたい一致するのですが、円が50ポイント下落したので、まだ海外と同じ基準の価格設定というわけではありません(こわい)。

リストが欲しいマーケティング担当さんや、発表で名を売りたい人、一方的に情報摂取だけしたい人などもいらっしゃるかとは思いますが、そういう方にとっては、来るメリットが相対的に薄くなっているのではないかと邪推しています。

スタッフはすべてボランティアの実践者ですので、そのコストをできる限り生産的で、かつ貢献する本人の納得するように活用していただきたいと考えています。ですのでいわゆる「顧客サービス」のような部分はあまりリソースを割いていません。お金で解決できる部分でもある気がしますが、だからといってカスタマーサポート担当さんを雇ったりということはしないつもりです。配信や会場担当、パーティやコーヒーや写真家さんなど、もちろんスタッフさんをお願いしないわけではないですが、できる限り自分たちでできることはする、という原則で、色々模索しながらやってみています。

そうした試行錯誤の結果、内発的動機で来る人が多く残ってくれているような気もしますし、そうなったらいいなと思っています。スポンサーをしてくださる企業のみなさんすらも「この場所に学びに来る姿勢を見せる」ことで、結果として良質な採用につながる、というような、正のフィードバックが効いたらいいなと考えています。

自己組織化と「ある程度の不便を受け入れること」

顧客サービスがないので、丁寧な文書での説明や、入り口での大声でのアナウンスが足りていないかもしれません。でも「いつも来てくれる皆さん」は、問題なく動けている気もします。さらに言うと、そうした皆さんが、新しく来た方々と繋がって、親切にご案内してくれたりしています。そうしたつながりが、会の外でも新しい活動につながっていくのではないかと期待しています。スクラムの基本は全員が貢献者であり、専門性を持った個人の集まりで、自己組織化によって構成されます。できる限りコマンド&コントロールは避けたいじゃないですか。もちろん多くの皆さんがスクラムマスターのスキルを持っていることも、この会の特異性かなと思います。できるんだからお任せしたほうがいいと思います。

一方で、自己組織化とは、ある程度の不便を受け入れることかもしれません。事細かに全部説明することもしません。スクラムでは、メンバーを子供扱いしないことも重要で、学びはメンバー相互の協調から得られるものです。優れた皆さんが、自分からチームに貢献する、その方法を見出していただく。それを信頼しています。

物は言いよう、というツッコミも聞こえてきそうな気がしますが、割と純朴に、時には熱心に、こうした自己組織化の原則を考えている自分がいます。正解かどうかはわからないので、いつでもフィードバックいただければ幸いです。

正統的周辺参加

人は専門知識を身につけるときに、組織の外延から参画して、徐々に学びながら、活動しながら、徐々に中心に向かっていく。

「残念だったなー」があっても焦らなくていいんです。来年も、その先もある。

初めての登壇者も多いです。失敗しても大丈夫な場として設計しています。

脱予算経営

RSGTとスクラムフェスでは、年次予算を組んでいません。

キャッシュフロー見える化と相互扶助。各地のスクラムフェスが自律的に判断して、承認プロセスがない。赤字なら他のカンファレンスから借りる、黒字なら助ける。「票読み表」で月単位の収支を全カンファレンス横並びで把握しています。

全員ボランティアで給料がないから、格差も競争も生まれない。部署間の攻防戦が起きない。

予算という仕組み自体が外発的動機付けを生む構造(予算の取り合い、数字で評価)なので、それを外しました。

kawaguti.hateblo.jp

膨らませすぎない

いきなり膨らませてしまうと、割れるのも早くなります。内部のよさを磨きながら、それでいて機会を逃さず、少しずつ活動を成長させていく。

お祭りの熱狂が引くのは一瞬のことです。しかし、多くの方の心の中に灯った種火は、これからの行動の糧になる。

みんなが飽きて来なくなるまで、RSGTがRSGTであり続けたらいいな、と思っています。

kawaguti.hateblo.jp

分散イノベーション心理的安全性

私たちのコミュニティは多様性を持っていて、それぞれ興味がある人が、先行して検証や投資を行い、新しい取り組みを立ち上げていくモデルです。

聴覚障碍者向けの情報保障、地方へのカンファレンス伸展、英語トラックを作る。これらは全ての実行委員や関係者が興味を持っていたわけではなくて、一部の熱意ある実行委員が先行して検討や人脈づくりを進めました。

他の実行委員は、冷ややかな目で見るのではなく、無理なく、見守る、サポーティブに対応した。困ったら助けてくれそうな心理的安全性がある。やりすぎそうなら止めてくれそう。やり遂げなくても、チャレンジに対して評価して、非難することはない。

こうした態度は、短期で集まった人間関係ではなかなか醸成されません。長期安定のチームがキーポイントだと考えています。

人を通じた浸透

スクラムの日本への伝来は、書籍やトレーニングだけでなく、人を通じて広がってきた側面があります。

野中郁次郎先生がSECIモデルをスクラムに結びつけ、本間日義さんがホンダの「ワイガヤ」文化とスクラムの接点を語り、Jeff Pattonがユーザーストーリーマッピングを持ち込んだ。

youtu.be

www.youtube.com

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RSGTはそうした「人と人が出会う場」として機能してきました。一人のエンジニアが参加して学び、実践し、やがて自分も発表する側になり、影響力を持つようになっていく。そういう循環が各地に広がっています。

背景にある考え方

いくつかの理論や考え方が、設計の背景にあります。

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アセモグル &ロビンソン(包括的制度とイノベーション — 特定のリーダーが引っ張る社会ではなく、みんなで作る社会の方が長期的に繁栄する。包括的制度では多くの人が参加でき、イノベーションが生まれる。

Google re:Work(心理的安全性) — 効果的なチームの最も重要な要素は心理的安全性。リスクを取っても安全、失敗しても非難されない、質問や意見を言っても大丈夫。心理的安全性があるから知的コンバットができる。

Fearless Change — 変化を起こすためのパターン。トップダウンではなく、草の根から変化を広げていく方法。

Growth Mindset(Carol Dweck / Linda Rising) — 能力は固定ではなく成長できるという信念。失敗を学びの機会と捉える。

Scaling up Excellence(Bob Sutton) — 質を保った成長戦略。成長にブレーキをかける勇気。

再現性について

正直なところ、これをゼロからブートストラップできるかどうかはわかりません。

意図して設計したというより、運営に負荷がかかるものをやめてきた結果、こうなった。

ただ「何を優先してきたか」は言語化できる気がします。それを書いてみたのが、今回のブログです。クネビンフレームワークにおける、複雑領域だと思いますので、透明性・検査・適応を繰り返しているつもりです。

いま現在だと、個人的に大変だとは思ってないですけど、まあまあ手数も判断も多くて簡単な仕事でないのは確かです。多くの皆さんでうまいこと回ってる繊細な仕組みには違いないと思います。「そんなのはダメだ!」って大声で叫ぶ人がいたらそれだけで崩壊しそうなくらいには繊細だと思います。私、声はデカい方ですけど。


1/14のパネルで、pmconfの久津さん、emconfの岸田さんの話を聞くのが楽しみです。

newbee.connpass.com

この記事は 

の記事として書かれました。

adventar.org

チームの文化は多数決 - Succeeding with Agile に書いてなかったという話

久しぶりにMike Cohnの「Succeeding with Agile」を読み返しました。3章、スクラムを組織に広げるためのパターン、Split and Seed、Grow and Split、Internal Coachingの章です。

だいぶ昔に品川アジャイルで読んで、「チームの文化は多数決で決まる」という原理が書いてあると思っていたのですが、字明示的にはどこにも書いないことに気が付きました。あれれ。

3つのパターン

Mike Cohnは、スクラムを組織に広げるための3つのパターンを紹介しています。

Split and Seedは、うまく機能しているスクラムチームを分割し、それぞれの半分を核として新しいチームを作る方法です。8人のチームを2つに分け、それぞれに新メンバーを加えて8人のチームを2つ作ります。

Grow and Splitは、チームにメンバーを追加していき、十分に大きくなったら分割する方法です。Split and Seedより緩やかで、Mike Cohnは「最も自然なアプローチ」と呼んでいます。

Internal Coachingは、うまくいっているチームから一人を選び、苦戦しているチームのコーチとして派遣する方法です。

書かれていないこと

Mike Cohnは、Split and Seed についてこう書いています。

In the split-and-seed pattern, one functioning Scrum team is split in two, with each half of the original team forming the basis of a new team. New people are then added to these splinter teams to form new Scrum teams. This pattern is shown in Figure 3.1, which shows the creation of two teams from one original team. A large initial team could be used to seed as many as four new teams, especially if the initial team included some members with previous Scrum experience or a natural aptitude for it.
分割と種蒔きパターンでは、機能している1つのスクラムチームを2つに分割し、元のチームの各半分が新しいチームの基盤を形成します。その後、これらの分離チームに新しい人々が追加され、新しいスクラムチームが形成されます。このパターンは図3.1に示されており、1つの元のチームから2つのチームが作られる様子が描かれています。大きな初期チームは、最大4つの新しいチームの種を蒔くために使うことができます。特に、初期チームに以前のスクラム経験を持つメンバーや、スクラムに対する自然な適性を持つメンバーが含まれている場合はそうです。

10人以下のチームが最大4分割なので、2-3人の経験者がチームに配置されることになります。8人のチームに2人の経験者がいれば25%。3人なら37.5%、4人なら50%です。

ここで思い出したのが、クリティカルマス理論です。社会変革の研究で、行動変容が自己持続的に広がるには一定割合の「初期採用者」が必要とされています。多くの研究で、その閾値は約25%とされています。

25%以上の人間がスクラムをうまくできる経験を持っているなら、チームにそれを指導できる可能性があるということです。

多数決のメカニズム

ところで、新しいメンバーがチームに加わったとき、何が起きるでしょうか。

明示的なルールブックを渡されるわけではありません。「ここではこうする」と逐一説明されるわけでもありません。新メンバーは、周囲を観察します。多数派がどう振る舞っているかを見て、それが「ここでの普通」だと学習するのです。

社会的学習理論でいう観察学習。社会的証明の原理。人は不確実な状況で、他者の行動を手がかりにします。

だから、多数派の行動がチームの文化になる可能性が高いです。チームの文化は、投票で決めるわけではありません。でも、日々の行動の積み重ねの中で、多数派の振る舞いが「当たり前」として定着していくのです。

文字通りの多数決ではありません。でも、結果として多数決と同じ効果が生まれます。

Grow and Splitの安全性

この視点で見ると、Grow and SplitがSplit and Seedより「安全」な理由がはっきりします。

The grow-and-split pattern is a variation of the split-and-seed approach. It involves adding team members until the team is large enough that it can be comfortably split in two, as shown in Figure 3.2. Immediately after splitting, each of the new teams will probably be on the small end of the desirable size range of five to nine members. After allowing the new teams one sprint at this reduced size, new members are added until each team becomes large enough that it can also be split. This pattern repeats until the entire project or organization has transitioned.
成長と分割パターンは、分割と種蒔きアプローチのバリエーションです。チームが快適に2つに分割できるほど大きくなるまでチームメンバーを追加することを含みます。これは図3.2に示されています。分割直後は、各新チームはおそらく5〜9人という望ましいサイズ範囲の小さい方になるでしょう。新しいチームにこの縮小されたサイズで1スプリントを許可した後、新しいメンバーが追加されます。各チームも分割できるほど大きくなるまで続きます。このパターンは、プロジェクト全体または組織全体が移行するまで繰り返されます。

Split and Seedは、一気にチームの半分以上が新メンバーになります。経験者比率は50%以下で、クリティカルマスはギリギリ維持されますが、文化の「濃度」は急激に薄まる可能性があります。

Grow and Splitは違います。チームに新メンバーが少しずつ加わります。その都度、新メンバーは既存の多数派に「社会化」されます。チームが十分に大きくなってから分割するので、分割後も両方のチームで経験者が多数派でいられるのです。

イノベーション普及曲線で考えると、さらにわかりやすくなります。

Split and Seedは、アーリーアダプターが十分に育つ前に、いきなりアーリーマジョリティに普及させようとするようなものです。急速だが脆い。

Grow and Splitは、チーム内で十分にアーリーアダプターが育ち、その行動が「当たり前」になってから次の段階に進みます。普及曲線の各段階を丁寧に踏みます。緩やかだが堅実です。

Fearless Changeとの接続

ここで繋がったのが、Linda RisingとMary Lynn Mannsの「Fearless Change」です。

Fearless Changeは、組織に新しいアイデアを導入するためのパターン集です。イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティに対応したパターンが収められています。まず味方を見つけ、小さな成功を作り、それを足がかりに広げていく。

Mike Cohn の Internal Coaching パターンは、Fearless Changeの「Connector」パターンそのものです。良いプラクティスを持った人がチーム間を移動することで、各チームに変化の種を蒔きます。Mike Cohnは「コーチはミツバチのように振る舞い、各チームに新しいアイデアを受粉させる」と書いています。

Mike Cohn の3つのパターンは「チームをどう構造的に分割・成長させるか」というメカニクスの話として読まれがちです。でも、Fearless Changeの視点を入れると、その背後にある「変化はどう人から人へ伝播するか」という本質が見えてきます。

RSGTでの実践

私たちが運営しているRegional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)では、参加者数の拡張を毎年30%以内に収めるルールにしています。

チケットは30秒で売り切れます。入手困難だという声もいただきます。それでも急激な拡大はしません。

理由は、常にリピーター(これまでに来たことがある人)が半数を超えるようにするためです。

RSGTは「ギャザリング」です。講演を一方的に聞きにくる場所ではありません。いつもの仲間がどんなことをやっているのか、話に来る。その文化に触れに来る。だから、文化や雰囲気そのものが重要なコンテンツなのです。

リピーターが多数派を維持することで、「RSGTとはこういう場だ」という暗黙の規範が自然に伝わります。新規参加者は周囲を観察して、どう振る舞うか、どうセッションに参加するか、どう他の参加者と関わるかを学びます。

これはGrow and Splitの思想そのものです。チケットをたくさん売って、急激に拡大することも可能ではあります。でも、それをやると文化の「濃度」が薄まります。毎年少しずつ成長させて、新規参加者がその都度「社会化」される余裕を持たせるほうがいい。

何度もカンファレンスを繰り返さないと、この差はわかりにくいかもしれません。でも、何年も続けてきた結果、RSGTには独特の熟成度が生まれていると感じています。

おそらく、コミュニティの文化も多数決なのです。

原理

Mike Cohnのパターン、クリティカルマス理論、イノベーション普及曲線、Fearless Change。そしてRSGTでの実践。

これらを貫く原理は、シンプルです。

明文化されたルールでも、リーダーの宣言でも、トレーニングでもなく、日々の行動の中で「周りの多数派がどう振る舞っているか」が文化を決めます。

チームの文化は多数決です。

本には直接書いてなかったんですが、そういうことで間違っていないと納得しました。

Kyonの8割

もう10年以上前の話になります。

仙台で開催されたレッツゴーデベロッパーというカンファレンスに参加したときのことです。

kyon_mmさんの登壇を聴講していたのですが、「スペシャリストではなくゼネラリストを目指そう」という趣旨のお話でした。曰く、一つの分野を8割くらいまで学んだら、そこからさらに突き詰めるよりも、別の分野を学んでいった方がいいのではないか、と。

会場の若いエンジニアたちは深く頷いていました。確かに、一見すると理にかなった話です。100%を目指すより、80%を複数持っている方が応用が利く。よくある話ですよね。

ただ、会場の一番後ろで立って聞いていた私とbikisukeさんだけは、クスクス笑っていました。なんというか、皆さん騙されている気がするなぁ、と。

懇親会の席で、本人に直接聞いてみました。

「ちなみにKyonさんの言う8割って、具体的にはどの辺なんですか?」

返ってきた答えはこうでした。

「まあC++でいえば、スッパスッパ(開発者のストラウストラップ博士)が10割じゃないですか。コンパイラ作ってる人が9割。コンパイラソースコードくらいは読みますよね。自分でコンパイラ書いてみるくらいですかね」

……いや、それ8割?

おそらく、会場で頷いていた若者たちが想像していた「8割」と、Kyonさんの言う「8割」の間には、かなりの距離があります。というか、ほとんどの人が一生かけても辿り着かないところに、彼の8割は設定されています。

若者よ、kyon_mmに騙されるな。

 

このエントリはkyon_mm Advent Calendar 2025に向けて書いたものです。

よいセッションとは何か? ~ カンファレンスプロポーザルの本質を考える

はじめに

アドベントカレンダーの時期、ブログなどで、セッションの通し方、みたいなノウハウが語られることが多いようです。カンファレンスの実行委員としてオープンプロポーザル形式で公募するようになって長いので、私なりにこうあってほしいなーということを書いてみることにしました。

「よいセッションの作り方」「よいプロポーザルの書き方」「そのための日々の過ごし方」という流れでブログが書かれるといいなーと思うのですが、実際は「ウケるプレゼン作成術」「通るプロポーザルの書き方」こそが利用者にウケる、というコンテンツが増えたりはしそうです。

これはOutput, Outcome, Impact の話につながるのですが、登壇することを通じて得たい成果(Outcome)は話を聞いてもらって、参加者の皆さんに活かしてもらうこと、それが話者の評価にもつながるというところかなと思います。そうして参加者の皆様が成功すればImpactにつながるし、逆に登壇に向けスライドや発表概要を用意することは Output に過ぎないんだと思います。もちろん必要なことなのですが。

Output, Outcome, Impactについて詳しくは、RSGT2025でのJeff Patton氏の基調講演をご覧ください。
【字幕】あなたのプロダクトの価値はなんですか?いまさら聞けないアウトカムとインパクトの話 ジェフ・パットン氏基調講演 RSGT2025 Jeff Patton

ということで「よいセッションとはなにか?」から考えてみようかと思います。

1. よいセッションとは何か

よいセッションを考える時、視点は聞く人、話す人、カンファレンスの実行委員あたりが考えられるでしょうか。まず聞く人にとってのよいセッションについて考えてみたいと思います。

参加者の時間をいただくということ

まず、カンファレンスで参加者がそのセッションを選択するとき、参加者の貴重な時間をいただくわけなので、内容のミスマッチ、まったく求めていない内容が話されて、興味すら持てない、という状態は避けたいですよね。

特にカンファレンスでは:

  • 参加者は複数のセッションから「選択」している
  • つまり他のセッションを諦めて、あなたのセッションに時間を投資している
  • その時間は二度と戻ってこない

ミスマッチが起きる典型的なパターンとしては、タイトルと内容のズレ(「実践」と書いてあるのに理論の話だけ、など)、対象者の不明確さ(マネージャー向けなのか、実践者向けなのか)、約束の不履行(プロポーザルで示唆した「学び」が提供されない)などがあります。

しかし、「ミスマッチを避ける」はよいセッションの必要条件であって、十分条件ではないんですよね。ミスマッチがなくても、「期待通りだったけど、何も新しいことはなかった」では、その時間が活きたとは言えないかもしれません。

教育心理学からの示唆:よい学びとは

「人は、学び続ける動物である。なぜそういえるかというと、人が問題を解いていたり、新しい問題の解を見極めたりする時どういうことが起きているかを詳細に観察してみると、人は、何かが少し分かってくると、その先にさらに知りたいこと、調べたいことが出てくることが多いからだ。人はなにも知らないから学ぶのではなく、何かが分かり始めてきたからこそ学ぶ、ともいえる。」(第一章 P.13-14)

教育心理学概論という本は、「よい学びとは何か」の問いから始まります。学校の教室で教えたいことは、科学的な理論だったりするわけですが、それは自身の実践で得られた経験(素朴理論)と結いつき、自分なりに解釈して、試してみたりしながら理解すると、よい学びになるという。

理論と実践は不可分のものだと思います。ただ人の話を聞くだけではなく、それを聞いて、こう考えてやってみた、その結果どうだった、またどう考えた、という往復があります。

教育心理学でいう知識の3層構造:

  • 形式的知識(理論、考え方、本で読んだこと)
  • 統合された理解(両者が結びついた、使える知識)
  • 素朴理論(自分の実践から生まれた経験則)

よいセッションが参加者の中で起こすことは:

  1. スピーカーの考え方・実践が語られる
  2. 自分の素朴理論と照らし合わせて「ああ、あれはこういうことだったのか」となる
  3. または「自分はこう思っていたけど、別の見方があるのか」と揺さぶられる
  4. 自分なりに解釈して、やってみたくなる

そう考えると、よいセッションには、スピーカー自身の素朴理論が見える(失敗、葛藤、試行錯誤)、考え方と実践の往復が語られる(「こう思ってやってみたけど、こういう考え方に出会って」)、参加者が自分の素朴理論と対話できる余白がある、といったことが求められます。

「ウケるプレゼン」は、スピーカーの話を「わかりやすく」伝えてくれるものでしょう。

一方で「よいセッション」は、参加者が自分の経験と対話しながら理解を深める場になるものなのではないか、と考えます。

学びの遅延発火

そしてその結びつきは、セッション中に起こるとは限らない、ということも重要かもしれません。

そこに参加して話をきいた、という心理的な結びつきから、あとで見返したり、ほかの人の感想を聞いたりしながら、ああそういうことだったのか、と後日気づくということはよくあります。でも、参加した時の体験が良くなければそれも生まれにくい。

よい体験なら:

  • 「あのセッション、もう一度振り返ろう」となる
  • スピーカーのSNS投稿に反応する
  • 他の参加者と「あのセッション良かったよね」と話す
  • 実践してみて、わからないことがあったら聞いてみようと思える

あまり良くない体験だと:

  • 理解があまりできなくて、その人が頑張ったことくらいしかわからない
  • そのあと活用するポイントがあまりなくて、他の人と話すきっかけにならない
  • 社名くらいしかわからなかった、ということになってしまう

ここでいう「よい体験」は「楽しかった」だけではなくて、心理的安全性がある(質問しやすい、失敗を共有している)、誠実さを感じる(スピーカーが正直に語っている)、対話的である(一方的な講義ではない)、余白がある(考える時間、咀嚼する時間)といったことだと思います。

2. よいプロポーザルとは何か

よいセッション体験は、よいプロポーザルから。では、どのようなプロポーザルがよいのか。

よいプロポーザルを書こうとするとことは、話す人側にも大きなメリットがあると考えます。プロポーザルを書くこと自体が、自分の実践や考えを整理する機会になります。推敲するうちに、なにをどう話すかの道筋が明確になります。

プロポーザルは参加者への最初のコミットメント

まず、セッションの内容をなるべく誠実に記載することが重要だと思います。私は「ネタバレするくらいに書きましょう」と言っています。

多くの人が陥りがちな考え方と、よりよい考え方:

  • 陥りがちな考え方:内容を隠して「気になる」と思わせる → 選んでもらう
  • よりよい考え方:内容を明示して「まさに自分が求めているもの」と思ってもらう → 適切な人に選んでもらう

ネタバレは、ミスマッチを防ぐ(参加者の時間を有効に使える)、本当に必要な人に届く、スピーカー自身も「コミットした内容」が明確になる、といった効果があります。

プロポーザルはいずれそのまま、もしくはアップデートしてセッション概要になるイメージです。つまり:

  • プロポーザルは参加者への最初のコミットメント
  • セッション概要はそのコミットメントの履行の宣言
  • セッション自体はその実現

一貫性が重要になります。

ConfEngineの構造を活用する

ConfEngineのセッション概要は、概要だけでなく、アウトラインや学習目標を書けるようになっています。あと想定聴衆のイメージを書くことで、まず容易にパターンマッチできるようにしています。

ConfEngineの主要なフィールド:

  • Abstract(概要):セッションの全体像
  • Outline(アウトライン):話の流れ、構成
  • Learning Outcome(学習目標):参加後に「何ができるようになるか」「何がわかるか」
  • Target Audience(想定聴衆):具体的な対象者像
  • Prerequisites for Attendees(参加者の前提条件)
  • Level(Beginner/Intermediate/Advanced/Executive)

個人的にとても重要なのはアウトラインだと考えていて、これにそって後日資料作成をすすめていけばいい。これが骨格になると考えています。

アウトラインの役割:

  1. プロポーザル段階:審査者が内容を具体的に評価できる
  2. 採択後:スライド作成の設計図になる、話が脱線しない
  3. 参加者にとって:事前に内容を把握できる、後日振り返るときの索引になる

いまなら生成AIにお願いすれば細かいところは書いてくれるとも思いますので、量が多いことはあまり大きな問題にはならないと思います。ただし、核となる実践、素朴理論、葛藤は本人にしか書けません。

Target AudienceやLevel、Prerequisitesについては、完璧な分類装置ではないですが、スピーカーが誠実に考えて書くこと自体に意味があります。参加者は、それらの情報を総合的に判断して選びます。ある程度のミスマッチは起こる前提で、それでも透明性を高める努力をするということです。

オープンプロポーザルとの関係

オープンプロポーザル方式を採用しているのは、コンテンツを最終決定するのが実行委員だとしても、実行委員が「よさ」をすべて認識できるとも思えないので、結果的に採択されなくても、誰かにとって「よいプロポーザル」であれば、ほかのカンファレンスや勉強会で、その知識や、仲間としての人のつながりを探している人に伝わる可能性があるからです。

また、実行委員にとっても、内容が具体的で誠実に書かれたプロポーザルは審査しやすく、セッションの質を見極めやすくなります。アウトラインがしっかり書かれていれば、「このセッションは参加者にとってよい体験になりそうか」を判断できますし、スピーカーの実践や葛藤が見えれば、その深さや誠実さも伝わってきます。

当落だけがプロポーザルの価値ではなく、その内容や、考え方、考えている人の継続的な取り組みが、ほかの人に知れてくれることがコミュニティとして貴重な機会になると考えます。

プロポーザルの多層的な価値:

  • 採択される:そのカンファレンスで話せる
  • 別の場で活きる:他のカンファレンスの実行委員が見つける、地域の勉強会主催者が声をかける
  • 人とつながる:同じ課題を持つ人がコンタクトする、実践者同士の発見装置として機能する
  • 継続的な取り組みの可視化:毎年プロポーザルを出す人の成長が見える

オープンプロポーザルについては以前書いた記事も参照していただければ幸いです。

kawaguti.hateblo.jp

3. そのための日々の過ごし方

では、よいセッションにつながるプロポーザルを書くために、日々どう過ごせばいいのか?

実践と素朴理論の蓄積

これを言ったらおしまい感はありますが、まず、語るに値する経験を生きるということだと思います。

もう少し具体的にすると、形式的知識(考え方)と自分の実践を往復する。そこで起きる、失敗や葛藤を隠さず、咀嚼して、自分の血肉にしていくということ。

セッションで語るべきは、完璧な成功談ではなく、試行錯誤のプロセスです。そうした生のプロセスの開示が、参加者の素朴理論と対話する素材になるんだと思います。

言語化の習慣

アウトラインを書くプロセス自体が思考の整理になります。日々の実践を言語化する習慣をつけることで、プロポーザルを書くときに「何を語るべきか」が見えてきます。

フィードバックに対して開く

自分の考えを開示する勇気、他者の視点を受け取る準備が必要です。完璧でなくてもよい。むしろ、完璧でないからこそ対話が生まれます。

この点については以前書いた記事も参照してください。

kawaguti.hateblo.jp

他者のセッションへの深い興味

こうした日々の過ごし方は、他者のセッションを聞くときの姿勢にも影響します。ほかのスピーカーの話を聞いたときに、このセッションは、この人は、どのように考えてこういう話に至ったのかに、深い興味を抱くことができるんじゃないかと思います。

自分がプロポーザルを書く苦労を知っている、実践から言語化する難しさを知っている、だからこそ、他者のセッションを聞くとき、表面的な「テクニック」ではなく、その背景にある実践と思考のプロセスに興味を持てるようになります。

4. それが生むコミュニティ

正統的周辺参加の構造

それが、正統的周辺参加を形成していると考えています。

私が運営しているカンファレンスでは、実践者をなるべく価値の中心におきたいと考えています。

  • 実行委員: この会を維持して、場を継続するために年間を通して参画している。
  • スタッフ: 場を維持するために仕事を休み、出たいセッションを多少我慢するなど、本当にしたいことを犠牲にして貢献している。
  • 登壇者: 貴重な時間を投資して自らの知見や体験を共有しようとしている。
  • スポンサー: 会社にこの場所の価値をアピールして、予算を確保し、その目的と場の整合性をとって、参加者にも会社にも価値があるように考え動いている。
  • 参加者: 貴重な時間とコストを支払ってこの場所を楽しみ、学びを得ようとしている。最も数が多く、最も多様な、カンファレンスの主役です。

ですので、まず普通に参加するところから、人によってはスピーカーを目指すのかもしれないし、スタッフになる人も、スポンサーとして盛り上げることを考えていただく人もいる。そういうパスを想定しています。しかし、すべてがコミュニティにとって必要で、価値があることです。それが長年積み重なることで、現在のコミュニティを形成していると考えています。継続していることには、我々が考えつくこと以上に、意味があるのではないかと考えます。

「初心者歓迎」を掲げない理由

私は「初心者歓迎」「やさしい」を掲げることはしていません。別に難しくしようと思わないし、出来る限りハードルは下げるほうがいいと思っていますが、初心者が来てくれた時に、ある程度抵抗を覚えることは避けられないですし、初心者だけが尊いわけではない、というか一番尊いのはもっと知識を共有してくれるスピーカーだったり、もっと多くの資金を負担していただいているスポンサーさん、平日に仕事を休んでまで貴重な労力を提供してくれているスタッフの皆さんなわけです。

誰にとってもフレンドリーでありたいと思いますし、入り口で迷っている人には、だれもが手を差し伸べたいと思っていると思います。もちろんその人が迷っていたい、お風呂の温度を確認したい(Test the Waters)時もあるでしょうから、声をかけるかどうかも考えながら。

他のカンファレンスのほうがその人にとってふさわしいこともたくさんあるでしょう。自分勝手に決めつけてこちらを押し売りするつもりは毛頭ありません。

スピーカーと聞き手の相互作用

開く人が増え、深く受け取る人が増える。その相互作用で対話の質が上がります。カンファレンス全体が学びの場として機能する。これが持続的な学びの循環を生むと考えています。

おわりに:2026年上半期のカンファレンスに向けて

RSGTのプロポーザル結果が出たこの時期だからこそ、次のステップを考える好機です。

採択された方も、されなかった方も、あなたの実践と思考には価値があります。RSGTは数多くある場の1つに過ぎません。

2026年上半期には、こんなカンファレンスが予定されています:

それぞれ異なる文脈、コミュニティを持っています。あなたの実践が、どこかのコミュニティにとって必要とされているかもしれません。

オープンプロポーザルの思想のもと、あなたの考えを開示することは、一つのカンファレンスでの当落を超えた価値を生みます。

ぜひ、次の一歩を。

追記

この記事はRegional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2025に向けて書いたものです。
adventar.org

アジャイルの聖地、ふたたび——RSGT2026 パーティスポンサー「一席二鶏」山崎さんのご紹介

アジャイルの聖地、ふたたび——RSGT2026 パーティスポンサー「一席二鶏」山崎さんのご紹介

RSGT2026のDay0スピーカー・スポンサーディナーのケータリングを、茅場町「一席二鶏」の山崎さんにお願いすることになりました。そして、このパーティスポンサーとして Red Journey さんにご協力いただきます。

この組み合わせには、日本のアジャイルコミュニティの歴史が詰まっています。

2009年、DevLOVEでの出会い

2009年のDevLOVE。青山の日本オラクルさんの会場で、参加者にお弁当とサムゲタンがふるまわれました。

>> 「鳥一代」。打ち合わせのときに感動した味を、なんとオラクル青山センターまでケータリングしてくれた。ここは大変おいしいので、近いうちにプライベートで行くつもり。
>> —

DevLOVE2009 Fusionに登壇する – 感情編 – // Kwappa研究開発室


このケータリングを手がけてくださったのが、当時「鳥一代」を経営されていた山崎さんです。そしてDevLOVEを仕掛け、山崎さんにケータリングを依頼したのが、現在 Red Journey を経営する市谷さんでした。
redjourney.jp

田町「鳥一代」——アジャイルの聖地

田町にあった「鳥一代」は、日本のアジャイルコミュニティで「聖地」として知られる存在でした。

当時、田町周辺にはアジャイルを実践する企業が集まっており、勉強会や実践の場として活気がありました。仕事終わりに、みんなで鳥一代に集まってサムゲタンを囲む。技術の話、チームの話、組織の話——熱い議論がこの店で交わされていました。

山崎さんは鳥一代のオーナー経営者であり、あのサムゲタンを開発した方でもあります。

ちなみに山崎さんは以前、『焼鳥屋からの切なるお願い』と題したブログ記事を投稿し、大きな話題になったことがあります。焼き鳥を串から外してシェアするのは悲しい、一本の中にドラマがある——という訴えが共感を呼び、Facebookで3万2000シェアを超え、テレビのワイドショーでも取り上げられました。

www.enjoytokyo.jp

最近はTikTokでも発信されています。


茅場町「一席二鶏」——新たな聖地へ

紆余曲折を経て、山崎さんは現在、鳥一代からは離れていらっしゃいます。しかし今年、茅場町で「一席二鶏」「豚豚拍子」の二店舗を創業されました。


当時を知るコミュニティの人たちは、この店を新たなアジャイルの聖地として親しんでいます。私も月に一度くらいお邪魔しています。

16年の時を超えて、羽田へ

2009年のDevLOVEから16年。

山崎さんの料理が、市谷さんの会社のスポンサードで、RSGT2026の羽田会場にやってきます。一席二鶏のスタッフ総出で準備を進めてくださっているそうです。その中には、鳥一代に長らくいらっしゃった方もいます。

いろんな縁がつながって、今回のパーティが実現しました。

「会場移転以外の新しいことはしない」、その例外として

RSGT2026は、長年親しんだお茶の水から羽田へ会場を移転します。実行委員会では「会場移転以外の新しいことはなるべくしない」という方針で準備を進めてきました。

しかし、この一席二鶏さんのケータリングと、脱予算経営の一日ワークショップだけは例外として、新しく進めさせていただきました。どちらもご縁のものであり、今年やる意味があるからです。

快くご支援をいただいた Red Journey の市谷聡啓さん、中村洋さんに感謝いたします。

脱予算経営の一日ワークショップはこちらです。
pretix.eu

一般参加の皆さんへ

今回のケータリングはDay0のスピーカー・スポンサーディナーでの提供となり、一般参加の皆さんにお届けできないのは残念です。その分、スポンサー、スピーカー、スタッフでしっかり楽しませていただきます。

うまくいくことは来年以降も継続したい——それが私たちの方針です。ぜひ来年以降にもご期待ください。

当時の熱気を知る方も、これから日本のアジャイルコミュニティに参加される方も、山崎さんの料理を囲んで交流できる日が来ることを楽しみにしています。

一席二鶏・豚豚拍子のご予約はこちら

tabelog.com

tabelog.com


この記事はRegional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2025に向けて書いたものです。
adventar.org

Scrum Fest Morioka 2026 基調講演にむけての参考文献(元ネタ)リスト

大変光栄なことに、2/20-21 に初開催される Scrum Fest Morioka 2026で基調講演の機会をいただくことになりました。

スクラムフェス盛岡2026

 

何を話すのか?

話す内容としては、いつも私が話してきたようなことを、まとめられればと思います。同じ人間が発信してきたことですので、その背景にはなにがしかの一貫性や、趣味性が現れるだろうと思いますが、改めてまとめてみないと本人も意識することは滅多にないもので、良い機会を与えていただいたと勝手に解釈して、ここにまとめてみました。

 

以下、基調講演に向けて、私が影響を受けてきた本や考え方のリストを公開してみようと思います。

 


スクラムの源流

野中郁次郎・竹内弘高「The New New Product Development Game」(Harvard Business Review, 1986)

スクラムの源流となった論文。ホンダやキヤノンの製品開発を調査して「ラグビーのように一体となって進むチーム」を描いた。Jeff Sutherlandがこの論文からScrumという名前を取った。スクラムの源流にあたる論文です。

The New New Product Development Game

野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』

暗黙知形式知の相互作用(SECIモデル)。「最初に理論ありきではない。最初に思いがあって行動があって、その本質を極めて初めて同時に形式化する」という野中先生の言葉は、RSGTの運営そのものです。

Jeff Sutherlandからのビデオメッセージ(2011年)

Innovation Sprint 2011で初めていただいたビデオメッセージ。ここからRSGTが始まりました。


組織と制度

Daron Acemoglu & James A. Robinson『国家はなぜ衰退するのか』

包括的制度(inclusive institutions)と収奪的制度(extractive institutions)の対比。特定のリーダーが引っ張る組織ではなく、みんなで作る組織の方が長期的に繁栄する。RSGTが特定のスター講演者に依存せず、オープンプロポーザルで運営している理由の一つです。2024年ノーベル経済学賞

田中芳樹銀河英雄伝説

唐突ですみません。アセモグルの理論を物語として体験できる作品だと思っています(書かれた時代は逆ですが)。優れた専制君主による統治と、衆愚に陥りがちな民主主義。どちらが正しいかではなく、特定の英雄に依存しない仕組みをどう作るか。ヤン・ウェンリーの問いは、コミュニティ運営にも通じます。第一巻だけで十分なボリュームです。

 

幸村誠ヴィンランド・サガ

「敵なんていないんだ」。トルフィンがたどり着いたこの言葉は、「比較優位で語らない」という私たちの姿勢と繋がっています。競争相手を作らない、誰かを打ち負かすことを目指さない。

 

 

Bob Sutton & Huggy Rao『Scaling Up Excellence』

Buddhism vs Catholicismの連続体。同じプラクティスを複製していく(Catholicism)か、ローカルニーズに合わせたアプローチを許容する(Buddhism)か。スクラムフェスが全国に広がるとき、各地が独自のテーマを持てるようにしてきたのは、このBuddhism側の考え方です。「成長にブレーキをかける勇気」も大事にしています。

 

Beyond Budgeting(脱予算経営)

年次予算を組まない。入ったら使う、入らなければ使わない。承認プロセスを置かない。RSGTとスクラムフェスは10年以上この方法で運営しています。驚くほどアジャイルの原則と重なっています。

 


心理的安全性とマインドセット

Google re:Work「効果的なチームとは何か」(Project Aristotle)

効果的なチームの最も重要な要素は心理的安全性。リスクを取っても安全、失敗しても非難されない、質問や意見を言っても大丈夫。心理的安全性があるから知的コンバットができる。本間さんが「当時のホンダにあったようなワイガヤの場がここにありましたね」と言ってくれたのは、この心理的安全性があったからだと思います。

rework.withgoogle.com

Carol Dweck『Mindset』/ Linda Rising

Growth Mindset。能力は固定ではなく成長できるという信念。失敗を学びの機会と捉える。Linda RisingはこれをAgileの文脈で広めてくれた人。「比較優位で語らない」という私たちの姿勢は、Fixed Mindsetを誘発しないための設計でもあります。

enterprisezine.jp

Michael Sahota - Emotional Science

心理的安全性の高い場では、「えっ...」と思う指摘も出てくる。感情的なささくれとうまく付き合い、冷静に戻るテクニック。長く続けるコミュニティには必要な知恵です。

 


変化とパターン

Mary Lynn Manns & Linda Rising『Fearless Change』

変化を起こすためのパターン集。トップダウンではなく、草の根から変化を広げていく方法。私が翻訳に関わった本でもあります。

Lyssa Adkins - 安定期のない変化の時代

これまでの変化は、変化の後に安定期が来た。昨今は安定期が来ない、連続的な変化の時代。だから安定期の手法ではなく、変革期の手法を学ぶべき。野中・竹内論文も「変革期の新しい製品開発のやり方」を調査研究したものでした。

www.youtube.com

Dave Snowden - Cynefin Framework

複雑領域(Complex)では、因果関係が事前にはわからない。Probe-Sense-Respond(やってみて、感知して、対応する)。RSGTの運営も、報告書やめてみる、どうなるか見る、大丈夫だった。複雑領域での経験主義そのものです。

 

 


コミュニティと正統的周辺参加

Jean Lave & Etienne Wenger『状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加

人は専門知識を身につけるときに、組織の外延から参画して、徐々に学びながら、活動しながら、中心に向かっていく。「残念だったなー」があっても焦らなくていい。来年も、その先もある。RSGTとスクラムフェスはこの考え方で設計しています。

三宅芳雄、三宅なほみ『教育心理学概論(新訂)』

「人は、学び続ける動物である。なぜそういえるかというと」から始まる、学習と教育について学習心理学の立場から学べる名著。よい学びとは、応用しやすい学びであると説き、素朴理論(個人の経験)から自分で考えて科学的知識に結び付けることで、よい学びにつながると説明する。一方で、その過程でわかりやすい説明を受けてしまうと、「バブル型理解」となり、知識として定着しない。

 

William Schneider『The Reengineering Alternative』/ Michael Sahota

組織文化を4象限に分類するモデル。Control(管理)、Collaboration(協調)、Competence(能力)、Cultivation(育成)。Michael Sahotaがアジャイルマニフェストをこのモデルにマッピングしたところ、アジャイルの価値と原則はほぼすべてCollaborationとCultivationに集中していて、Controlに該当するものはゼロだった。多くの日本企業はControl文化が強いので、RSGTやスクラムフェスは異なる文化を体験できる場になっているのかもしれません。

kawaguti.hateblo.jp

 


実践者の言葉

Jeff Patton

ユーザーストーリーマッピングを日本に持ち込んでくれた人。「話しながら付箋に書いて共有する」という情報を高速に全員で操作するやり方は、アジャイルの肝です。私が翻訳した本でもあります。

本間日義さん(ホンダ・シティプロジェクト)

野中・竹内論文で取り上げられたホンダ・シティの開発メンバー。RSGT2025でクロージングキーノートをしていただきました。「サシミとラグビー」の話、そして「当時のホンダにあったような議論の場がここにありましたね」という言葉は、14年間やってきたことの意味を確認させてくれました。

www.youtube.com

 


自分のブログ記事

過去に書いた記事も、今回の整理の参考にしました。


こうして並べてみると、「比較優位で語らない」「内発的動機付け」「経験主義」「心理的安全性」「正統的周辺参加」といったキーワードが繰り返し現れます。意図して選んだというより、自分が惹かれるものに一貫性があったということなのかもしれません。

Scrum Fest Morioka 2026でお会いできることを楽しみにしています。

 

 

この記事は Regional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2025 - Adventar の記事として書かれました。

adventar.org