学生向けPBL 最終回に伝えたいこと

この講義のスタッフは、現役の企業人で構成されています。実際の社会人生活で起きてきたことを、できる限り再現することを目標に作りました。

まず、受講者をお客様として扱わないこと。

企業では、皆さんはお客様ではありません。何か社業に関わることに貢献する人材として期待されています。ですので、準備が整った講義を予定通り受講できるような世界は、一切ありません。

私たちは一時的な大学教員ではありますが、皆さんに対して教育サービスを提供するつもりで準備はしていません。その点で他の講義と大きく違う点があり、戸惑った方もいらっしゃると思います。

でも、社会に出ると万事この通りです。そこは、できる限りリアルに作ったつもりです。

準備も、かなりできている方だと思います。皆さんも修士一年でお忙しいと思いますが、私たちもフルタイムの仕事がある中で、夜に時間を作り、環境を整えてきました。お互い様です。

人によっては、準備ができていないことに不満を持つ人もいるでしょう。人のせいにする人のことを「他責指向」と呼びます。社会に出て何か活動をするときに、他責指向の人は、なかなかうまくいきません。人を助ける人が、長期的には頼りにされ、一人でできる以上の実績を出していくのを、私たちはたくさん見てきました。他のチームを助けることを、この講義の評価としてとても重視しました。それは、皆さんにできる限りこの成功の秘訣を体験してほしいからです。

教育課程では、皆さんを競争させ、トップを取った人に良い成績を与えるという、外発的動機付けで評価をするケースも多くあると思います。一見それはフェアに評価できるように見えるかもしれませんが、社会で必要なのは、チーム全体やもっと大きな組織全体での成功に貢献することです。一人一人を競争させることで評価をつけるのは、それが単に楽だからです。

例えば、ある企業が何か製品を売っているとして、それを最もたくさん売った人が評価を受けることは、それなりの妥当性があると思いますが、一方で、その製品を作るために努力した人、とてもスムーズに運搬できるようにした人、売った後にサポートをして企業のイメージをよくした人...多くの貢献があってその製品が売られており、それがブランドの全体を構成します。優れた企業は、さまざまな立場の関係者の皆さんの内発的動機付けに支えられて成り立っているのです。

この講義は、情報科学の講義の一環なのですが、この仕事のなかには人間関係に関することが多くかかわります。そもそも人々の要求をかなえるという時点で、人とのコミュニケーションは欠かせないのです。

ソフトウェアが抱える問題の多くは、社会的なものです。 ―― Tom DeMarco & Timothy Lister『ピープルウエア』

それでも、チームとして結果を出していく必要があるのが社会です。もしかすると、他責指向の人がチーム内にいたかもしれません。すごくできる人かもしれません。でも、そういう人と仕事をするのは、とても疲れます。一緒に仕事をすると、気持ちが落ち込むような人たち。そういう人を、ブリリアントジャークとか、クソッタレ(Asshole)といったりします。これは経営学者が作った用語なので、一般的なものです。今後もそういう人はいらっしゃるでしょう。

参考:『あなたの職場のイヤな奴』ロバート・I・サットン(講談社)

準備が十分にできていない中でもベストを尽くす姿をお見せしたつもりです。社会人生活で必要なことの一つが、この姿だと考えているため、できてないふりをすることなく、皆さんにできる限り透明性をもってお伝えしたつもりです。


この講義の中ではあまりアジャイルを強調してきませんでしたが、私たちは、アジャイルのコミュニティに属しています。短い期間でスプリントを行い、毎回動くソフトウェアを使ってもらってレビューをもらったり、そのことを通じて多様な専門家が集まったチームで、より上手に作れるようになっていくことを目指しています。

技術を高めることは大変で、短い期間ではなかなかうまくならない部分もあります。必要とされる範囲も広く、さらに日進月歩で高度に発展してしまいますので、常に情報を集め、学び続けることが必要な業界です。ソフトウェアはコピーできるものですので、これから作る必要があるということは、まだ世の中に存在しません。ですから、予測も難しいことが常です。

ただ作ればいいということではなく、ユーザーのアウトカム、ビジネス上のインパクトを出してこそ、作り手である私たちの給与の原資が生まれるのです。

参考:あなたのプロダクトの価値はなんですか?いまさら聞けないアウトカムとインパクトの話 ジェフ・パットン氏基調講演 RSGT2025


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アジャイルは、予定通りに行かないビジネスの世界で、現実に即して、できる限りのことをするプラクティスの集合体です。そこには、お客様はおらず、全員が貢献者としてふるまいます。あなた方のために親切丁寧に準備を整えてくれる先生はいません。

私たちはこれまで、そういう世界で、準備が整っていない環境の中で、できる限りの準備を進めることをしてきました。

予定通りに事が進むなら、誰でもできることです。それでは商売になりません。


ぜひ、皆さんの今後の成功を祈っています。

興味を持っていただいた方は、アジャイルコミュニティでお会いしましょう。

プロダクトオーナーの本質 ― アニメ・ゲーム・自動車業界の名プロデューサーたちに学ぶ

昨日(2026年1月30日)、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』第二部『キルケーの魔女』が公開されました。第一作から約5年。待った甲斐があったと思える作品でした。

今日の舞台挨拶で、村瀬修功監督がこう語っていました。5年かけて作った。それでも2ヶ月前は出せるかどうかわからない制作状況だったと。

すごい話です。5年かけて作っているからアジャイルじゃない、と思う人がいるかもしれませんが、これは、ウォーターフォールアジャイルかという話じゃない。


プロダクトオーナーとプロダクトマネージャーの違いを超えて

ここで一旦、用語を整理しておきます。プロダクトオーナーとプロダクトマネージャーは何が違うのですか?というご質問をよく受けます。

プロダクトオーナー(PO)はスクラムで定義された役割で、トヨタの主査制度を原型としています。バックログを整理する人、優先順位をつける人、ステークホルダーと開発チームの橋渡しをする人。あるいは「最終決定権を持つ人」ということで、自社や顧客企業の予算権限を持つ偉い人をPOに据えるケースもあります。どれも間違いではないのですが、どこか本質を捉えきれていない気がしています。プロダクトオーナーはすべてを見ないといけません。その源流はトヨタの主査制度にあるそうです。

ジェフ・サザーランドは著書『スクラム』でこう書いています。

プロダクトオーナーという役割は、トヨタのチーフエンジニアから発想を得たものだ。(中略)トヨタの名高いチーフエンジニア制度(以前は主査と呼んでいた)といえば、「トヨタ生産方式」を率いるリーダーのようにイメージするかもしれないが、実際、チーフエンジニアに権限はない。直属の部下は持っていない。

プロダクトマネージャー(PM)は米国で生まれた職制です。1931年にP&Gで生まれた「ブランドマン」の概念が、ヒューレット・パッカード(HP)を経てシリコンバレーに広まったそうです。米国企業のPMさんの話を聞くことも何度かありましたが、スクラムにおけるPOとはかなり違う役目なのではないかと推察しています。

プロデューサーは、ゲーム業界や、映画、アニメ、TVなどの作品に関するプロジェクトでよく目にする役割です。現場を取り仕切るのがディレクターで、プロデューサーはプロジェクトそのものを起案したり、予算を確保したり、全体の進捗を管理する役割として語られていると思います。

最近、アニメやゲーム業界の優れたプロデューサーたちのインタビューを読み返して、POの本質について考え直すきっかけを得ました。彼らは「雇われて要件整理する米国型プロダクトマネージャー」でもなければ、「予算を取るだけの社内政治家」でもありません。プロダクトに心血を注ぎ込むクリエイターたちと徹底的に具体的な話をしつつ、任せて待つ度量も持っています。


小形尚弘プロデューサー ― 入社時からの夢を形にする

閃光のハサウェイ』のプロデューサー・小形尚弘氏は、第一作公開時(2021年)の電ファミニコゲーマーのインタビューでこう語っています。

僕は中学生のころに劇場版『逆襲のシャア』を見て、その流れで小説の『閃光のハサウェイ』を手に取って、その内容にショックを受けた世代だったんですけど、就職でサンライズに入社することになり、そのときからいつか『閃光のハサウェイ』をアニメ化したいと思っていたんです。

中学時代から温め続けた夢を、プロデューサーとして実現する。それだけでも十分すごいのですが、注目すべきはその実現の仕方です。

小形氏が最初に声をかけたのは村瀬修功監督でした。『ガンダムUC』で絵コンテや作画を依頼し、「次は一緒にがっつりと作品を作りたい」と思っていた人物です。村瀬監督には『F91』でやりきれなかった思いがあると感じ取り、富野由悠季が執筆した『閃光のハサウェイ』なら受けてもらえるかもしれないと考えてオファーしました。

結果、第一作は興行収入22億円を超える大ヒットとなりました。そして第二作『キルケーの魔女』まで約5年。公開2ヶ月前まで出せるかどうかわからない状況だったといいます。それでも待てる。なぜなら、このプロダクトが世に出る意味を、誰よりも深く理解しているからです。


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福士裕一郎アニメーションプロデューサー ― 作品の仕上がりを左右する存在

『葬送のフリーレン』のプロデューサー・田口翔一朗氏(TOHO animation)は、アニメイトタイムズのインタビューで印象的なことを語っています。

アニメ化を企画するにあたり、私としては「どのアニメーションプロデューサーと組むのか」という部分を非常に重視しました。私はもともとアニメ制作スタジオで制作進行をしていました。だからこそ、"アニメーションプロデューサーによって作品の仕上がりが変わる"という認識がありました。

田口氏が選んだのは、マッドハウスの福士裕一郎氏でした。「モノ作りにかける情熱は業界内でも有名で、確かなもの」だといいます。

福士氏は斎藤圭一郎監督をはじめとする素晴らしいスタッフを集めました。斎藤監督には「人望の厚さや手腕」があり、「斎藤圭一郎さんがやるなら是非自分も参加させてもらいたい」という人が集まってきたそうです。

ここで重要なのは、田口氏が「企画と製作」に専念し、現場の構築はアニメーションプロデューサーに任せていることです。大まかな地図を描き、適切な人を選び、あとは任せる。劇伴作家や主題歌アーティストの提案など、自分の責任範囲では徹底的にこだわりつつ、現場には口を出しすぎない。そういう姿勢が見えます。

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シブサワ・コウ ― 制作を積み上げないとプロデューサーはできない

コーエーテクモホールディングス代表取締役社長の襟川陽一氏(シブサワ・コウ)は、CEDEC 2023の基調講演で、プロデューサーについてこう語りました。

プロデューサーには先を見る力が必要だ。そのプロジェクトにはどれくらいの人員や予算、時間が必要なのかといったことが把握できないと務まらない役職で、そのためにはさまざまな現場経験が必要になる。

コーエーテクモでは基本的に社員を新卒で採用し、育成を続けてパートリーダー、ディレクター、プロデューサー、やがては役員へと成長させます。現在の役員は全員新卒入社で、かつ全員が開発の仕事も抱えたプレイングマネージャーだそうです。

4Gamerの過去記事でも、襟川氏は「プロデューサーは制作をやって積み上げないとできない」と述べています。同社が中途採用をせず、新卒から叩き上げで制作を育ててきた理由がここにあります。

これは「品質・納期・予算」の管理にも関わります。襟川氏は管理を「一定の範囲内に結果を収めること」と定義し、「いくらいいタイトルを作れても、管理ができなければ大赤字になり、会社も大きな影響を受ける」と説いています。プロデューサーは経営者と同じ。ゲーム会社の盛衰は優れたプロデューサーがどれだけいるかで決まります。


内山田竹志 ― 中学時代の夢を世界初の量産ハイブリッド車で実現した主査

ゲーム業界だけでなく、自動車業界にも同じ構造があります。

トヨタ自動車の内山田竹志氏は、2023年の株主総会でこう語っています。

私は少年のころから大変クルマが好きで、中学2年生のときに「将来大人になったら、自動車会社に入って、自分が企画したクルマを世の中に出したい」と思って、ずっと学生時代を暮らしておりました。そして、念願かなって、トヨタ自動車に入社することができ、さまざまな開発に携わることができましたし、初代プリウスを世の中に送り出し、子どものころの夢を実現することができました。

1997年に「21世紀に間に合いました」のキャッチコピーとともに発売された初代プリウス。世界初の量産ハイブリッド車であり、同等のガソリン車の約2倍という燃費を実現しました。その開発責任者(主査)が内山田氏でした。

興味深いのは、内山田氏がそれまでチーフエンジニアの経験がなかったことです。「ゼロから新しいモデルを作り上げるには予断のないことがむしろ好都合」と考えられ、リーダーに抜擢されました。

開発目標は「燃費2倍」。従来技術では到底達成できない目標でした。豊田章男氏(現会長)は内山田氏についてこう語っています。「燃費を倍にというのは、とんでもない目標だったと思います。それを経営陣ではなく、チーフエンジニアという立場でリードした」。

プリウス開発の特徴は、タスクフォースチームによる部門横断の協働でした。内山田氏は後にこう振り返っています。「欧米のエンジニアと話していてよく聞かれたのは、2モーターを器用に使って複雑に絡み合うシステムをどうやって作ったのかということでした。タスクフォースチームを作って技術者同士が話し合って問題を解決したと話すんですが、なかなか理解してもらえない。欧米の縦割り社会だと、われわれのようなやり方は難しいところがあるようです」。

正式な開発着手から約2年で、未踏の技術を量産化するという異例のプロジェクト。経営陣が「できなければプロジェクトは解散」とまで言ったハイブリッド化の決断。それを受けて立ったチーフエンジニア。内山田氏は「技術者冥利、チーフエンジニア冥利に尽きるプロジェクトだった」と語っています。

トヨタの「主査」(チーフエンジニア)制度は、ジェフ・サザーランドが著書『スクラム』でプロダクトオーナーの原型にしたと書いています。

サザーランドはこう説明しています。チーフエンジニアには権限がない。直属の部下を持たず、誰かの業績評価や昇進・昇給を決める権限もない。代わりに「どんな車にするかというビジョンと、その車をどう造るかを決める役割を担う。この決定を、強制や圧力ではなく、説得を通じて行なう」。

そして「スクラムで実現したいのはまさにこの考え方だった」と。

ただし、この役割を果たすには「普通ならその道で三〇年くらいの経験がなければ務まらない」。そこでサザーランドは、この役割を二つに分けました。仕事の進め方をスクラムマスターが、仕事の内容をプロダクトオーナーが担う、と。

スクラムと初代プリウスプロジェクトの比較については、トヨタの竹内さんと南野さんが分析しています。

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宮本茂 ― なにもできないからプロデューサーになった

任天堂宮本茂氏は、2024年1月のほぼ日インタビューで、示唆に富むタイトルの記事を残しています。

「なにもできないからプロデューサーになった」

『マリオ』『ゼルダ』『ピクミン』を生み出した、世界で最も尊敬されるゲームクリエイターの一人が、自らをそう表現しています。

宮本氏がプロデューサーとして何をしているかは、任天堂の「社長が訊く」シリーズなどで垣間見ることができます。彼は現場に深く入り込み、操作したときの手応えにこだわり、ダメ出しをします。しかし、それは「自分がすべてを作る」こととは違います。最少人数のチームで始め、できる人に任せ、最終的な判断だけを下す。

ただし、「任せる」というのは、単に金と時間を渡すことではありません。

2017年のCEDECで、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の開発チームが行った講演が話題になりました。そこで明かされたのは、「引力」「三角形の法則」「3つのものさし」といった設計思想の徹底的な言語化でした。

ゲーム世界の距離感を決めるために、開発チームは京都市内を地図片手に実際に歩き回りました。ダンジョンの所要時間を決めるために、京都の観光名所をゲーム内に再現してリンクに探索させました。「郵便ポストと出会う頻度」を基準に、モンスターの配置密度を議論しました。

大人数でゲーム世界を同時開発するために、「フィールドタスクビュー」という仕組みも作りました。制作中のマップに「工事中」の看板を立て、誰がどこを作っているか、どんな議論があったかをチーム全員が共有できます。重複や手戻りを防ぐだけでなく、スタッフ同士がアイデアを出し合って改良できる土台になりました。

講演を聞いた記者は、こう書いています。「任天堂のゲーム作品と聞くと、『独特なセンス』でゲーム仕様を決めて、調整に時間を掛けてバランスさせて開発しているイメージを勝手に抱いていた。まさかここまで事前に理詰めの調査や実験を行って仕様を策定していたとは」。

こういうものづくりは、ただ金と時間を渡すだけでは起きません。プロダクトの本質を一緒に考え抜き、チームが自律的に良いものを作れる仕組みを整える。それがあって初めて「任せる」が機能します。

以前、宮本氏が「うちはタレント事務所ですから」と話したと聞いたことがあります。冗談めいても聞こえますが、「それくらいIPを大事にしている」と受け取ることもできます。そして同時に、タレント(才能ある人材)を活かすことがプロデューサーの仕事だという意味にも聞こえます。


手作りのカンファレンス、手作りのチーム

レベル感は全然違うのですが、自分がやってきたソフトウェア開発やカンファレンス運営にも、同じ構造があります。

ソフトウェア開発では、自分が発注者であり、自分が作って成功させ、ユーザーを楽にするというところにこだわってきました。もちろん継続的にみんなでやります。そのためのチームでありスクラムです。

カンファレンスも同じです。手作りで行って、主役であるスピーカーさんや参加者の方々が楽しく学べるような場所を作る。みんなでバランスを取ります。予算と時間の制約の中で、クオリティを追求します。

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この全部やる感覚がプロダクトオーナーの感覚に近いんじゃないかと思います。もちろん全部はできないんだけど。

すなわち各人が、各研究者も教授も、アーティストでありデザイナーでありサイエンティストでありエンジニアであり、なおかつ教授の場合ビジネスマンでもなきゃいけない。一人の人間がすべてでなきゃいけない。 すなわち、ひとつのラベルを貼って、レッテルを貼って、あなたは技術者、あなたはCognitive Science(認知科学)、あなたはSociology、といった時代ではもうなくなっている。 逆に解かなきゃいけない問題がこれだけ複雑になって、人間、その信義、そのsociety、commitと、これだけ複雑に絡んでいるときに、それをデザインするときに、ひとつの学問だけでやっていく時代はもう終わっている。 もちろんすべての学問でNo.1にはなれませんけども、それぞれの言語をfluentに話し、深く尊敬し、そういうチームをまとめられるリーダーでないと、これからやっていけない、というふうに思います。 ― 石井裕先生 2005年講演(メモ

漫画原作ドラマ/アニメにおける漫画家の立場と、ビジネスの関係については山田玲司さんの話が参考になります。厳しい納期に合わせてビジネスを成立させる感覚と、アイデアをクオリティに転換するための十分な時間を確保して打ち込むという感覚がうまくバランスできないと、こうしたものは作れないんだろうなと。


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Netflix『THE DAYS』の増本淳氏は、もともとテレビ局の社員で、ドラマのプロデューサーなのですが、実はこっそり脚本も書いていたそうです。プロデューサーでありながら、制作の核心に関わる。


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プロダクトオーナーの本質とは何か

これらの事例から見えてくるプロダクトオーナーの本質は、次のようなものです。

1. プロダクトへの深い愛着と理解 小形氏の「中学時代からの夢」、内山田氏の「中学2年生のときからの夢」。プロダクトを誰よりも愛し、その価値を信じています。

2. 適切な人を選び、任せる力 田口氏が「どのアニメーションプロデューサーと組むか」を最重視したように、誰と組むかがすべてを決めます。そして、選んだら任せる。

3. 制作経験に基づく判断力 シブサワ・コウの「制作を積み上げないとプロデューサーはできない」。現場を知らなければ、適切な判断はできません。

4. 待つ度量 第一作から第二作まで約5年、公開2ヶ月前まで出せるかわからない状況でも待てる。それは信頼であり、覚悟でもあります。

5. 品質・納期・予算のバランスイデアとクオリティを追求しつつ、ビジネスとしても成立させる。この両立こそがプロデューサーの腕の見せどころです。

6. チームが力を発揮できる仕組みを作る ただ金と時間を渡すのではなく、設計思想を言語化し、部門を超えて協働できる土台を整える。任天堂のフィールドタスクビューも、トヨタのタスクフォースチームも、その例です。


おわりに

スクラムの文脈で語られるプロダクトオーナーは、ともすれば「バックログを並べ替える人」に矮小化されがちです。しかし、本当に優れたプロダクトを生み出すPOは、もっと深いところでプロダクトと関わっています。

クリエイターと、カネと政治の問題。プロデューサーが作品をリスペクトしているかどうか、すごく重要なのだと思います。そして、予算も納期も人も確保しなければならない。ビジョンと現状を真摯に説明し続ける必要もあるでしょう。ただし、社内の主要なポジションにいても、十分にプロダクトに関われないのであれば職責を果たすことはできません。

これは、ウォーターフォールアジャイルかという話じゃない。

プロダクトを心から愛し、人を選び、任せて待ち、最後は自分が責任を取る。それがプロダクトオーナーの本質なのだと思います。

「レシピを捨てよ、シェフになれ」― RSGT2026で語られたアジャイルの未来

2026年1月、羽田空港直結のベルサール羽田空港で開催されたRegional Scrum Gathering Tokyo 2026。今年の3つの基調講演を聴いて、私の中で一つのキーワードが浮かび上がりました。

「自律」

予算管理の自律、アジャイル実践の自律、そしてAI時代における人間の自律。三者三様のテーマでありながら、根底には同じ問いかけがありました。

2026.scrumgatheringtokyo.org



100年前の発明に縛られていないか?

初日に登壇したBjarte Bogsnes氏。Beyond Budgeting Roundtableの会長であり、北欧最大のエネルギー企業Equinorで従来型予算を廃止した張本人です。

彼が最初に投げかけた問いが印象的でした。

「あなたの会社で使っている予算管理の仕組み、いつ発明されたものか知っていますか?」

答えは、約100年前。マッキンゼー創設者ジェームズ・O・マッキンゼーが体系化した手法が、いまだに多くの企業で使われているのです。

Bogsnes氏は「信号機とラウンドアバウト」という比喩を使いました。従来の予算管理は信号機のようなもの。過去のデータをもとに、現場にいない誰かがルールを決め、現場はそれに従うだけ。一方、Beyond Budgetingはラウンドアバウト。現場のドライバー自身がリアルタイムの情報をもとに判断する。

研究によれば、ラウンドアバウトの方が事故も少なく、交通の流れも効率的だそうです。組織運営にも同じことが言えるのではないか、というのが彼の主張でした。

興味深いのは、彼が「予算を廃止しろ」と言っているわけではない点です。予算が持つ3つの機能―目標設定、予測、リソース配分―を分離し、それぞれ適切なタイミングで見直すことを提案しています。

年に一度の儀式的な予算編成から、継続的な対話と調整へ。これはまさにスクラムの「検査と適応」そのものです。



家畜化されたアジャイルを野に放て

2日目のDave Snowden氏の講演タイトルは「Rewilding Agile(アジャイルを野生に戻す)」。Cynefinフレームワーク創始者であり、DSDMコンソーシアムの創設メンバーとしてアジャイルの黎明期から関わってきた人物です。


彼は現在のアジャイルを「家畜化された犬」に例えました。

野生のオオカミは5種類しかいませんが、高いレジリエンスを持っています。一方、人間によって家畜化された犬は数百種に分化し、見た目は多様になりましたが、多くは野生では生きていけません。

アジャイルも同じだと彼は言います。アジャイルマニフェストが掲げた価値と原則は、認定制度や方法論、フレームワークによって「家畜化」されてしまった。レシピ通りに作ることしかできない人が増え、状況に応じて判断できる「シェフ」がいなくなった。

Too many recipe book users, very few chefs
レシピ本ユーザーは多いが、シェフがほとんどいない

この言葉が会場に響きました。

Snowden氏はまた、複雑性科学の観点から興味深い指摘をしています。

複雑系は分解と再結合でスケールする。集約や模倣ではない」と。大規模フレームワークを導入すれば解決する、成功事例をコピーすれば再現できる、という発想への警鐘です。



「逃げちゃダメだ」― スクラム第二章の幕開け

3日目のクロージングキーノートは、ウルシステムズ創業者の漆原茂氏。AIエージェント「Devin」を使った開発の実践者として、現場のリアルを語りました。

札幌市役所の150万ステップ置き換えプロジェクトでは、最大200のDevinを並列稼働させ大幅なコスト削減を実現。「グレない、拗ねない、1 on 1 要らない。言ったこと忘れない」とAIの特性を表現し、会場の笑いを誘いました。

しかし、彼の講演の核心はAIの凄さを語ることではありませんでした。

むしろ、AIが当たり前になる時代に「人間に何が残るのか」を問いかけていました。


  • 何を作るかを決める意思決定
  • 「なぜそれを今やるか」の判断
  • 技術的不確実性への対応
  • 説明責任、価値や倫理の判断
  • ナレッジを抽出し、共有すること
  • モデリング、メタ設計

これらは当面、人間にしかできないことです。

漆原氏はスクラムの5つの価値を、AI時代に合わせて再解釈することを提案しました。


価値 AI時代の解釈
勇気(Courage AIに任せすぎない勇気
集中(Focus) 「問い・学び」に集中
確約(Commitment) 「価値」へのコミット
尊敬(Respect) ヒトとAIの役割を尊重
公開(Openness) AIの判断・限界を開示

講演の最後、漆原氏は静かに、しかし力強く言いました。

スクラムの第二章が幕を開けた。逃げちゃダメだ



三つの講演が指し示すもの

Bogsnes氏は「信号機からラウンドアバウトへ」と語り、Snowden氏は「レシピ本ユーザーからシェフへ」と語り、漆原氏は「タスク消化から問いと学びへ」と語りました。

言葉は違えど、すべて同じことを言っています。

「与えられたルールに従うのではなく、自分で判断せよ」

予算も、フレームワークも、AIも、すべて道具に過ぎない。道具を使いこなすのは人間です。そして使いこなすためには、原則を理解し、状況を見極め、自分で判断する力が必要です。

Snowden氏の「シェフになれ」という言葉が、三つの講演を貫くメッセージを象徴しているように思います。レシピに書いてあるから砂糖を入れるのではなく、今ここで何が必要かを判断して蜂蜜を使う。そういうマインドセットが、これからのアジャイル実践者に求められています。



さいごに

RSGT2026の3日間を終えて、アジャイルコーチとして心に強く思ったことがあります。

フレームワークを押し付けるのではなく、皆さん一人ひとりが「シェフ」になるためのトレーニングやコンサルティングを続けていきたい。

AI時代になると、定型的な作業は機械がやってくれるようになります。残るのは、判断と意思決定と、人間同士のつながりです。

スクラムの第二章が始まりました。

みんなで始めていきましょう。



Regional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)の運営で選択してきたこと

1月14日のパネルディスカッション「技術カンファレンス主催者のリアル〜RSGT、pmconf、emconf〜」に向けて、Regional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)の運営で選択してきたことを整理しました。

newbee.connpass.com

「こうすべき」という話ではなくて、「こうやってきた」という共有です。他のカンファレンスとは文脈も規模も違うので、何か考える材料になれば幸いです。

 

大前提:ボランティア運営とGathering

まず前提として、RSGTは全員ボランティアで運営しています。実行委員も当日スタッフも、誰も給料をもらっていません。本業の傍ら、この場を作ることに時間を使っている。

そして名前の通り「Gathering(集まり)」なんです。ドラマ「アウトランダー」に出てくるスコットランドのクラン(氏族)のギャザリングをイメージしています。数年に一度、氏族が集まって宴会しながらいろんなことを決めたりもする、あの感じ。基本は数百名が一カ所に集まって宴会するんですよ。日本で言えば地方のお祭りのイメージですね。お祭りには今年のテーマもなければ、主役もいない。正しい主張だから人が集まるのではなく、利益を得られるわけでもなく、ただ、話し合って学びたくて、楽しいから来てる。

www.youtube.com

長年の関係が基本にあって、もしかしたら閉鎖的に思えるかもしれないけど、旧交を温めあってこれからの未来を考える。一方的に聴講するConferenceではなくて、参加者同士の交流を中心に設計しています。廊下での立ち話、懇親会での出会い、セッション後の議論。そういう「人と人がつながる場」を大事にしています。

 

比較優位で語らない

RSGTでは「あの人はすごい」「このセッションは人気」という序列や比較の文脈を持ち込まないようにしています。

登壇者も参加者も「実践者」として対等。スター講演者で集客するという発想がそもそもない。Likeの数だけでプロポーザルの採否を決めることもしません。あと、表彰なども、いまのところ、していません。アメとムチで差別化して外発的動機付けで人をコントロールしない、というのがスクラムチームの基本かなと思う部分もあります。

これは意図して設計したというより、一つ一つの選択を積み重ねた結果そうなっていった、という方が正確ですね。

外発的動機付けを排除する設計

RSGTには、外発的動機で来る人が来づらい設計になっています。

  • スポンサーに参加者リストを渡さない
  • 報告書も出さない
  • 講演は後日YouTubeで全て公開する
  • 66,000円で3日間という価格設定

この価格は昨年、新会場羽田空港に移る準備として、その会場代が上昇することに合わせて値上げをさせていただいた後の値段になります。多くのコストをご負担いただくことになってしまい、大変恐縮です。ですがスタッフはボランティアですし、営利を目指した運営もしていませんので、単純にコストと不確実性を加味した上での料金を考えたうえでのこの価格になっています。

一日2万円強。これは実は2011年に初めて開催したとき、当時のドル円レートで米国のカンファレンスを評価した際の一日あたり価格とだいたい一致するのですが、円が50ポイント下落したので、まだ海外と同じ基準の価格設定というわけではありません(こわい)。

リストが欲しいマーケティング担当さんや、発表で名を売りたい人、一方的に情報摂取だけしたい人などもいらっしゃるかとは思いますが、そういう方にとっては、来るメリットが相対的に薄くなっているのではないかと邪推しています。

スタッフはすべてボランティアの実践者ですので、そのコストをできる限り生産的で、かつ貢献する本人の納得するように活用していただきたいと考えています。ですのでいわゆる「顧客サービス」のような部分はあまりリソースを割いていません。お金で解決できる部分でもある気がしますが、だからといってカスタマーサポート担当さんを雇ったりということはしないつもりです。配信や会場担当、パーティやコーヒーや写真家さんなど、もちろんスタッフさんをお願いしないわけではないですが、できる限り自分たちでできることはする、という原則で、色々模索しながらやってみています。

そうした試行錯誤の結果、内発的動機で来る人が多く残ってくれているような気もしますし、そうなったらいいなと思っています。スポンサーをしてくださる企業のみなさんすらも「この場所に学びに来る姿勢を見せる」ことで、結果として良質な採用につながる、というような、正のフィードバックが効いたらいいなと考えています。

自己組織化と「ある程度の不便を受け入れること」

顧客サービスがないので、丁寧な文書での説明や、入り口での大声でのアナウンスが足りていないかもしれません。でも「いつも来てくれる皆さん」は、問題なく動けている気もします。さらに言うと、そうした皆さんが、新しく来た方々と繋がって、親切にご案内してくれたりしています。そうしたつながりが、会の外でも新しい活動につながっていくのではないかと期待しています。スクラムの基本は全員が貢献者であり、専門性を持った個人の集まりで、自己組織化によって構成されます。できる限りコマンド&コントロールは避けたいじゃないですか。もちろん多くの皆さんがスクラムマスターのスキルを持っていることも、この会の特異性かなと思います。できるんだからお任せしたほうがいいと思います。

一方で、自己組織化とは、ある程度の不便を受け入れることかもしれません。事細かに全部説明することもしません。スクラムでは、メンバーを子供扱いしないことも重要で、学びはメンバー相互の協調から得られるものです。優れた皆さんが、自分からチームに貢献する、その方法を見出していただく。それを信頼しています。

物は言いよう、というツッコミも聞こえてきそうな気がしますが、割と純朴に、時には熱心に、こうした自己組織化の原則を考えている自分がいます。正解かどうかはわからないので、いつでもフィードバックいただければ幸いです。

正統的周辺参加

人は専門知識を身につけるときに、組織の外延から参画して、徐々に学びながら、活動しながら、徐々に中心に向かっていく。

「残念だったなー」があっても焦らなくていいんです。来年も、その先もある。

初めての登壇者も多いです。失敗しても大丈夫な場として設計しています。

脱予算経営

RSGTとスクラムフェスでは、年次予算を組んでいません。

キャッシュフロー見える化と相互扶助。各地のスクラムフェスが自律的に判断して、承認プロセスがない。赤字なら他のカンファレンスから借りる、黒字なら助ける。「票読み表」で月単位の収支を全カンファレンス横並びで把握しています。

全員ボランティアで給料がないから、格差も競争も生まれない。部署間の攻防戦が起きない。

予算という仕組み自体が外発的動機付けを生む構造(予算の取り合い、数字で評価)なので、それを外しました。

kawaguti.hateblo.jp

膨らませすぎない

いきなり膨らませてしまうと、割れるのも早くなります。内部のよさを磨きながら、それでいて機会を逃さず、少しずつ活動を成長させていく。

お祭りの熱狂が引くのは一瞬のことです。しかし、多くの方の心の中に灯った種火は、これからの行動の糧になる。

みんなが飽きて来なくなるまで、RSGTがRSGTであり続けたらいいな、と思っています。

kawaguti.hateblo.jp

分散イノベーション心理的安全性

私たちのコミュニティは多様性を持っていて、それぞれ興味がある人が、先行して検証や投資を行い、新しい取り組みを立ち上げていくモデルです。

聴覚障碍者向けの情報保障、地方へのカンファレンス伸展、英語トラックを作る。これらは全ての実行委員や関係者が興味を持っていたわけではなくて、一部の熱意ある実行委員が先行して検討や人脈づくりを進めました。

他の実行委員は、冷ややかな目で見るのではなく、無理なく、見守る、サポーティブに対応した。困ったら助けてくれそうな心理的安全性がある。やりすぎそうなら止めてくれそう。やり遂げなくても、チャレンジに対して評価して、非難することはない。

こうした態度は、短期で集まった人間関係ではなかなか醸成されません。長期安定のチームがキーポイントだと考えています。

人を通じた浸透

スクラムの日本への伝来は、書籍やトレーニングだけでなく、人を通じて広がってきた側面があります。

野中郁次郎先生がSECIモデルをスクラムに結びつけ、本間日義さんがホンダの「ワイガヤ」文化とスクラムの接点を語り、Jeff Pattonがユーザーストーリーマッピングを持ち込んだ。

youtu.be

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RSGTはそうした「人と人が出会う場」として機能してきました。一人のエンジニアが参加して学び、実践し、やがて自分も発表する側になり、影響力を持つようになっていく。そういう循環が各地に広がっています。

背景にある考え方

いくつかの理論や考え方が、設計の背景にあります。

kawaguti.hateblo.jp

アセモグル &ロビンソン(包括的制度とイノベーション — 特定のリーダーが引っ張る社会ではなく、みんなで作る社会の方が長期的に繁栄する。包括的制度では多くの人が参加でき、イノベーションが生まれる。

Google re:Work(心理的安全性) — 効果的なチームの最も重要な要素は心理的安全性。リスクを取っても安全、失敗しても非難されない、質問や意見を言っても大丈夫。心理的安全性があるから知的コンバットができる。

Fearless Change — 変化を起こすためのパターン。トップダウンではなく、草の根から変化を広げていく方法。

Growth Mindset(Carol Dweck / Linda Rising) — 能力は固定ではなく成長できるという信念。失敗を学びの機会と捉える。

Scaling up Excellence(Bob Sutton) — 質を保った成長戦略。成長にブレーキをかける勇気。

再現性について

正直なところ、これをゼロからブートストラップできるかどうかはわかりません。

意図して設計したというより、運営に負荷がかかるものをやめてきた結果、こうなった。

ただ「何を優先してきたか」は言語化できる気がします。それを書いてみたのが、今回のブログです。クネビンフレームワークにおける、複雑領域だと思いますので、透明性・検査・適応を繰り返しているつもりです。

いま現在だと、個人的に大変だとは思ってないですけど、まあまあ手数も判断も多くて簡単な仕事でないのは確かです。多くの皆さんでうまいこと回ってる繊細な仕組みには違いないと思います。「そんなのはダメだ!」って大声で叫ぶ人がいたらそれだけで崩壊しそうなくらいには繊細だと思います。私、声はデカい方ですけど。


1/14のパネルで、pmconfの久津さん、emconfの岸田さんの話を聞くのが楽しみです。

newbee.connpass.com

この記事は 

の記事として書かれました。

adventar.org

チームの文化は多数決 - Succeeding with Agile に書いてなかったという話

久しぶりにMike Cohnの「Succeeding with Agile」を読み返しました。3章、スクラムを組織に広げるためのパターン、Split and Seed、Grow and Split、Internal Coachingの章です。

だいぶ昔に品川アジャイルで読んで、「チームの文化は多数決で決まる」という原理が書いてあると思っていたのですが、字明示的にはどこにも書いないことに気が付きました。あれれ。

3つのパターン

Mike Cohnは、スクラムを組織に広げるための3つのパターンを紹介しています。

Split and Seedは、うまく機能しているスクラムチームを分割し、それぞれの半分を核として新しいチームを作る方法です。8人のチームを2つに分け、それぞれに新メンバーを加えて8人のチームを2つ作ります。

Grow and Splitは、チームにメンバーを追加していき、十分に大きくなったら分割する方法です。Split and Seedより緩やかで、Mike Cohnは「最も自然なアプローチ」と呼んでいます。

Internal Coachingは、うまくいっているチームから一人を選び、苦戦しているチームのコーチとして派遣する方法です。

書かれていないこと

Mike Cohnは、Split and Seed についてこう書いています。

In the split-and-seed pattern, one functioning Scrum team is split in two, with each half of the original team forming the basis of a new team. New people are then added to these splinter teams to form new Scrum teams. This pattern is shown in Figure 3.1, which shows the creation of two teams from one original team. A large initial team could be used to seed as many as four new teams, especially if the initial team included some members with previous Scrum experience or a natural aptitude for it.
分割と種蒔きパターンでは、機能している1つのスクラムチームを2つに分割し、元のチームの各半分が新しいチームの基盤を形成します。その後、これらの分離チームに新しい人々が追加され、新しいスクラムチームが形成されます。このパターンは図3.1に示されており、1つの元のチームから2つのチームが作られる様子が描かれています。大きな初期チームは、最大4つの新しいチームの種を蒔くために使うことができます。特に、初期チームに以前のスクラム経験を持つメンバーや、スクラムに対する自然な適性を持つメンバーが含まれている場合はそうです。

10人以下のチームが最大4分割なので、2-3人の経験者がチームに配置されることになります。8人のチームに2人の経験者がいれば25%。3人なら37.5%、4人なら50%です。

ここで思い出したのが、クリティカルマス理論です。社会変革の研究で、行動変容が自己持続的に広がるには一定割合の「初期採用者」が必要とされています。多くの研究で、その閾値は約25%とされています。

25%以上の人間がスクラムをうまくできる経験を持っているなら、チームにそれを指導できる可能性があるということです。

多数決のメカニズム

ところで、新しいメンバーがチームに加わったとき、何が起きるでしょうか。

明示的なルールブックを渡されるわけではありません。「ここではこうする」と逐一説明されるわけでもありません。新メンバーは、周囲を観察します。多数派がどう振る舞っているかを見て、それが「ここでの普通」だと学習するのです。

社会的学習理論でいう観察学習。社会的証明の原理。人は不確実な状況で、他者の行動を手がかりにします。

だから、多数派の行動がチームの文化になる可能性が高いです。チームの文化は、投票で決めるわけではありません。でも、日々の行動の積み重ねの中で、多数派の振る舞いが「当たり前」として定着していくのです。

文字通りの多数決ではありません。でも、結果として多数決と同じ効果が生まれます。

Grow and Splitの安全性

この視点で見ると、Grow and SplitがSplit and Seedより「安全」な理由がはっきりします。

The grow-and-split pattern is a variation of the split-and-seed approach. It involves adding team members until the team is large enough that it can be comfortably split in two, as shown in Figure 3.2. Immediately after splitting, each of the new teams will probably be on the small end of the desirable size range of five to nine members. After allowing the new teams one sprint at this reduced size, new members are added until each team becomes large enough that it can also be split. This pattern repeats until the entire project or organization has transitioned.
成長と分割パターンは、分割と種蒔きアプローチのバリエーションです。チームが快適に2つに分割できるほど大きくなるまでチームメンバーを追加することを含みます。これは図3.2に示されています。分割直後は、各新チームはおそらく5〜9人という望ましいサイズ範囲の小さい方になるでしょう。新しいチームにこの縮小されたサイズで1スプリントを許可した後、新しいメンバーが追加されます。各チームも分割できるほど大きくなるまで続きます。このパターンは、プロジェクト全体または組織全体が移行するまで繰り返されます。

Split and Seedは、一気にチームの半分以上が新メンバーになります。経験者比率は50%以下で、クリティカルマスはギリギリ維持されますが、文化の「濃度」は急激に薄まる可能性があります。

Grow and Splitは違います。チームに新メンバーが少しずつ加わります。その都度、新メンバーは既存の多数派に「社会化」されます。チームが十分に大きくなってから分割するので、分割後も両方のチームで経験者が多数派でいられるのです。

イノベーション普及曲線で考えると、さらにわかりやすくなります。

Split and Seedは、アーリーアダプターが十分に育つ前に、いきなりアーリーマジョリティに普及させようとするようなものです。急速だが脆い。

Grow and Splitは、チーム内で十分にアーリーアダプターが育ち、その行動が「当たり前」になってから次の段階に進みます。普及曲線の各段階を丁寧に踏みます。緩やかだが堅実です。

Fearless Changeとの接続

ここで繋がったのが、Linda RisingとMary Lynn Mannsの「Fearless Change」です。

Fearless Changeは、組織に新しいアイデアを導入するためのパターン集です。イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティに対応したパターンが収められています。まず味方を見つけ、小さな成功を作り、それを足がかりに広げていく。

Mike Cohn の Internal Coaching パターンは、Fearless Changeの「Connector」パターンそのものです。良いプラクティスを持った人がチーム間を移動することで、各チームに変化の種を蒔きます。Mike Cohnは「コーチはミツバチのように振る舞い、各チームに新しいアイデアを受粉させる」と書いています。

Mike Cohn の3つのパターンは「チームをどう構造的に分割・成長させるか」というメカニクスの話として読まれがちです。でも、Fearless Changeの視点を入れると、その背後にある「変化はどう人から人へ伝播するか」という本質が見えてきます。

RSGTでの実践

私たちが運営しているRegional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)では、参加者数の拡張を毎年30%以内に収めるルールにしています。

チケットは30秒で売り切れます。入手困難だという声もいただきます。それでも急激な拡大はしません。

理由は、常にリピーター(これまでに来たことがある人)が半数を超えるようにするためです。

RSGTは「ギャザリング」です。講演を一方的に聞きにくる場所ではありません。いつもの仲間がどんなことをやっているのか、話に来る。その文化に触れに来る。だから、文化や雰囲気そのものが重要なコンテンツなのです。

リピーターが多数派を維持することで、「RSGTとはこういう場だ」という暗黙の規範が自然に伝わります。新規参加者は周囲を観察して、どう振る舞うか、どうセッションに参加するか、どう他の参加者と関わるかを学びます。

これはGrow and Splitの思想そのものです。チケットをたくさん売って、急激に拡大することも可能ではあります。でも、それをやると文化の「濃度」が薄まります。毎年少しずつ成長させて、新規参加者がその都度「社会化」される余裕を持たせるほうがいい。

何度もカンファレンスを繰り返さないと、この差はわかりにくいかもしれません。でも、何年も続けてきた結果、RSGTには独特の熟成度が生まれていると感じています。

おそらく、コミュニティの文化も多数決なのです。

原理

Mike Cohnのパターン、クリティカルマス理論、イノベーション普及曲線、Fearless Change。そしてRSGTでの実践。

これらを貫く原理は、シンプルです。

明文化されたルールでも、リーダーの宣言でも、トレーニングでもなく、日々の行動の中で「周りの多数派がどう振る舞っているか」が文化を決めます。

チームの文化は多数決です。

本には直接書いてなかったんですが、そういうことで間違っていないと納得しました。

Kyonの8割

もう10年以上前の話になります。

仙台で開催されたレッツゴーデベロッパーというカンファレンスに参加したときのことです。

kyon_mmさんの登壇を聴講していたのですが、「スペシャリストではなくゼネラリストを目指そう」という趣旨のお話でした。曰く、一つの分野を8割くらいまで学んだら、そこからさらに突き詰めるよりも、別の分野を学んでいった方がいいのではないか、と。

会場の若いエンジニアたちは深く頷いていました。確かに、一見すると理にかなった話です。100%を目指すより、80%を複数持っている方が応用が利く。よくある話ですよね。

ただ、会場の一番後ろで立って聞いていた私とbikisukeさんだけは、クスクス笑っていました。なんというか、皆さん騙されている気がするなぁ、と。

懇親会の席で、本人に直接聞いてみました。

「ちなみにKyonさんの言う8割って、具体的にはどの辺なんですか?」

返ってきた答えはこうでした。

「まあC++でいえば、スッパスッパ(開発者のストラウストラップ博士)が10割じゃないですか。コンパイラ作ってる人が9割。コンパイラソースコードくらいは読みますよね。自分でコンパイラ書いてみるくらいですかね」

……いや、それ8割?

おそらく、会場で頷いていた若者たちが想像していた「8割」と、Kyonさんの言う「8割」の間には、かなりの距離があります。というか、ほとんどの人が一生かけても辿り着かないところに、彼の8割は設定されています。

若者よ、kyon_mmに騙されるな。

 

このエントリはkyon_mm Advent Calendar 2025に向けて書いたものです。

よいセッションとは何か? ~ カンファレンスプロポーザルの本質を考える

はじめに

アドベントカレンダーの時期、ブログなどで、セッションの通し方、みたいなノウハウが語られることが多いようです。カンファレンスの実行委員としてオープンプロポーザル形式で公募するようになって長いので、私なりにこうあってほしいなーということを書いてみることにしました。

「よいセッションの作り方」「よいプロポーザルの書き方」「そのための日々の過ごし方」という流れでブログが書かれるといいなーと思うのですが、実際は「ウケるプレゼン作成術」「通るプロポーザルの書き方」こそが利用者にウケる、というコンテンツが増えたりはしそうです。

これはOutput, Outcome, Impact の話につながるのですが、登壇することを通じて得たい成果(Outcome)は話を聞いてもらって、参加者の皆さんに活かしてもらうこと、それが話者の評価にもつながるというところかなと思います。そうして参加者の皆様が成功すればImpactにつながるし、逆に登壇に向けスライドや発表概要を用意することは Output に過ぎないんだと思います。もちろん必要なことなのですが。

Output, Outcome, Impactについて詳しくは、RSGT2025でのJeff Patton氏の基調講演をご覧ください。
【字幕】あなたのプロダクトの価値はなんですか?いまさら聞けないアウトカムとインパクトの話 ジェフ・パットン氏基調講演 RSGT2025 Jeff Patton

ということで「よいセッションとはなにか?」から考えてみようかと思います。

1. よいセッションとは何か

よいセッションを考える時、視点は聞く人、話す人、カンファレンスの実行委員あたりが考えられるでしょうか。まず聞く人にとってのよいセッションについて考えてみたいと思います。

参加者の時間をいただくということ

まず、カンファレンスで参加者がそのセッションを選択するとき、参加者の貴重な時間をいただくわけなので、内容のミスマッチ、まったく求めていない内容が話されて、興味すら持てない、という状態は避けたいですよね。

特にカンファレンスでは:

  • 参加者は複数のセッションから「選択」している
  • つまり他のセッションを諦めて、あなたのセッションに時間を投資している
  • その時間は二度と戻ってこない

ミスマッチが起きる典型的なパターンとしては、タイトルと内容のズレ(「実践」と書いてあるのに理論の話だけ、など)、対象者の不明確さ(マネージャー向けなのか、実践者向けなのか)、約束の不履行(プロポーザルで示唆した「学び」が提供されない)などがあります。

しかし、「ミスマッチを避ける」はよいセッションの必要条件であって、十分条件ではないんですよね。ミスマッチがなくても、「期待通りだったけど、何も新しいことはなかった」では、その時間が活きたとは言えないかもしれません。

教育心理学からの示唆:よい学びとは

「人は、学び続ける動物である。なぜそういえるかというと、人が問題を解いていたり、新しい問題の解を見極めたりする時どういうことが起きているかを詳細に観察してみると、人は、何かが少し分かってくると、その先にさらに知りたいこと、調べたいことが出てくることが多いからだ。人はなにも知らないから学ぶのではなく、何かが分かり始めてきたからこそ学ぶ、ともいえる。」(第一章 P.13-14)

教育心理学概論という本は、「よい学びとは何か」の問いから始まります。学校の教室で教えたいことは、科学的な理論だったりするわけですが、それは自身の実践で得られた経験(素朴理論)と結いつき、自分なりに解釈して、試してみたりしながら理解すると、よい学びになるという。

理論と実践は不可分のものだと思います。ただ人の話を聞くだけではなく、それを聞いて、こう考えてやってみた、その結果どうだった、またどう考えた、という往復があります。

教育心理学でいう知識の3層構造:

  • 形式的知識(理論、考え方、本で読んだこと)
  • 統合された理解(両者が結びついた、使える知識)
  • 素朴理論(自分の実践から生まれた経験則)

よいセッションが参加者の中で起こすことは:

  1. スピーカーの考え方・実践が語られる
  2. 自分の素朴理論と照らし合わせて「ああ、あれはこういうことだったのか」となる
  3. または「自分はこう思っていたけど、別の見方があるのか」と揺さぶられる
  4. 自分なりに解釈して、やってみたくなる

そう考えると、よいセッションには、スピーカー自身の素朴理論が見える(失敗、葛藤、試行錯誤)、考え方と実践の往復が語られる(「こう思ってやってみたけど、こういう考え方に出会って」)、参加者が自分の素朴理論と対話できる余白がある、といったことが求められます。

「ウケるプレゼン」は、スピーカーの話を「わかりやすく」伝えてくれるものでしょう。

一方で「よいセッション」は、参加者が自分の経験と対話しながら理解を深める場になるものなのではないか、と考えます。

学びの遅延発火

そしてその結びつきは、セッション中に起こるとは限らない、ということも重要かもしれません。

そこに参加して話をきいた、という心理的な結びつきから、あとで見返したり、ほかの人の感想を聞いたりしながら、ああそういうことだったのか、と後日気づくということはよくあります。でも、参加した時の体験が良くなければそれも生まれにくい。

よい体験なら:

  • 「あのセッション、もう一度振り返ろう」となる
  • スピーカーのSNS投稿に反応する
  • 他の参加者と「あのセッション良かったよね」と話す
  • 実践してみて、わからないことがあったら聞いてみようと思える

あまり良くない体験だと:

  • 理解があまりできなくて、その人が頑張ったことくらいしかわからない
  • そのあと活用するポイントがあまりなくて、他の人と話すきっかけにならない
  • 社名くらいしかわからなかった、ということになってしまう

ここでいう「よい体験」は「楽しかった」だけではなくて、心理的安全性がある(質問しやすい、失敗を共有している)、誠実さを感じる(スピーカーが正直に語っている)、対話的である(一方的な講義ではない)、余白がある(考える時間、咀嚼する時間)といったことだと思います。

2. よいプロポーザルとは何か

よいセッション体験は、よいプロポーザルから。では、どのようなプロポーザルがよいのか。

よいプロポーザルを書こうとするとことは、話す人側にも大きなメリットがあると考えます。プロポーザルを書くこと自体が、自分の実践や考えを整理する機会になります。推敲するうちに、なにをどう話すかの道筋が明確になります。

プロポーザルは参加者への最初のコミットメント

まず、セッションの内容をなるべく誠実に記載することが重要だと思います。私は「ネタバレするくらいに書きましょう」と言っています。

多くの人が陥りがちな考え方と、よりよい考え方:

  • 陥りがちな考え方:内容を隠して「気になる」と思わせる → 選んでもらう
  • よりよい考え方:内容を明示して「まさに自分が求めているもの」と思ってもらう → 適切な人に選んでもらう

ネタバレは、ミスマッチを防ぐ(参加者の時間を有効に使える)、本当に必要な人に届く、スピーカー自身も「コミットした内容」が明確になる、といった効果があります。

プロポーザルはいずれそのまま、もしくはアップデートしてセッション概要になるイメージです。つまり:

  • プロポーザルは参加者への最初のコミットメント
  • セッション概要はそのコミットメントの履行の宣言
  • セッション自体はその実現

一貫性が重要になります。

ConfEngineの構造を活用する

ConfEngineのセッション概要は、概要だけでなく、アウトラインや学習目標を書けるようになっています。あと想定聴衆のイメージを書くことで、まず容易にパターンマッチできるようにしています。

ConfEngineの主要なフィールド:

  • Abstract(概要):セッションの全体像
  • Outline(アウトライン):話の流れ、構成
  • Learning Outcome(学習目標):参加後に「何ができるようになるか」「何がわかるか」
  • Target Audience(想定聴衆):具体的な対象者像
  • Prerequisites for Attendees(参加者の前提条件)
  • Level(Beginner/Intermediate/Advanced/Executive)

個人的にとても重要なのはアウトラインだと考えていて、これにそって後日資料作成をすすめていけばいい。これが骨格になると考えています。

アウトラインの役割:

  1. プロポーザル段階:審査者が内容を具体的に評価できる
  2. 採択後:スライド作成の設計図になる、話が脱線しない
  3. 参加者にとって:事前に内容を把握できる、後日振り返るときの索引になる

いまなら生成AIにお願いすれば細かいところは書いてくれるとも思いますので、量が多いことはあまり大きな問題にはならないと思います。ただし、核となる実践、素朴理論、葛藤は本人にしか書けません。

Target AudienceやLevel、Prerequisitesについては、完璧な分類装置ではないですが、スピーカーが誠実に考えて書くこと自体に意味があります。参加者は、それらの情報を総合的に判断して選びます。ある程度のミスマッチは起こる前提で、それでも透明性を高める努力をするということです。

オープンプロポーザルとの関係

オープンプロポーザル方式を採用しているのは、コンテンツを最終決定するのが実行委員だとしても、実行委員が「よさ」をすべて認識できるとも思えないので、結果的に採択されなくても、誰かにとって「よいプロポーザル」であれば、ほかのカンファレンスや勉強会で、その知識や、仲間としての人のつながりを探している人に伝わる可能性があるからです。

また、実行委員にとっても、内容が具体的で誠実に書かれたプロポーザルは審査しやすく、セッションの質を見極めやすくなります。アウトラインがしっかり書かれていれば、「このセッションは参加者にとってよい体験になりそうか」を判断できますし、スピーカーの実践や葛藤が見えれば、その深さや誠実さも伝わってきます。

当落だけがプロポーザルの価値ではなく、その内容や、考え方、考えている人の継続的な取り組みが、ほかの人に知れてくれることがコミュニティとして貴重な機会になると考えます。

プロポーザルの多層的な価値:

  • 採択される:そのカンファレンスで話せる
  • 別の場で活きる:他のカンファレンスの実行委員が見つける、地域の勉強会主催者が声をかける
  • 人とつながる:同じ課題を持つ人がコンタクトする、実践者同士の発見装置として機能する
  • 継続的な取り組みの可視化:毎年プロポーザルを出す人の成長が見える

オープンプロポーザルについては以前書いた記事も参照していただければ幸いです。

kawaguti.hateblo.jp

3. そのための日々の過ごし方

では、よいセッションにつながるプロポーザルを書くために、日々どう過ごせばいいのか?

実践と素朴理論の蓄積

これを言ったらおしまい感はありますが、まず、語るに値する経験を生きるということだと思います。

もう少し具体的にすると、形式的知識(考え方)と自分の実践を往復する。そこで起きる、失敗や葛藤を隠さず、咀嚼して、自分の血肉にしていくということ。

セッションで語るべきは、完璧な成功談ではなく、試行錯誤のプロセスです。そうした生のプロセスの開示が、参加者の素朴理論と対話する素材になるんだと思います。

言語化の習慣

アウトラインを書くプロセス自体が思考の整理になります。日々の実践を言語化する習慣をつけることで、プロポーザルを書くときに「何を語るべきか」が見えてきます。

フィードバックに対して開く

自分の考えを開示する勇気、他者の視点を受け取る準備が必要です。完璧でなくてもよい。むしろ、完璧でないからこそ対話が生まれます。

この点については以前書いた記事も参照してください。

kawaguti.hateblo.jp

他者のセッションへの深い興味

こうした日々の過ごし方は、他者のセッションを聞くときの姿勢にも影響します。ほかのスピーカーの話を聞いたときに、このセッションは、この人は、どのように考えてこういう話に至ったのかに、深い興味を抱くことができるんじゃないかと思います。

自分がプロポーザルを書く苦労を知っている、実践から言語化する難しさを知っている、だからこそ、他者のセッションを聞くとき、表面的な「テクニック」ではなく、その背景にある実践と思考のプロセスに興味を持てるようになります。

4. それが生むコミュニティ

正統的周辺参加の構造

それが、正統的周辺参加を形成していると考えています。

私が運営しているカンファレンスでは、実践者をなるべく価値の中心におきたいと考えています。

  • 実行委員: この会を維持して、場を継続するために年間を通して参画している。
  • スタッフ: 場を維持するために仕事を休み、出たいセッションを多少我慢するなど、本当にしたいことを犠牲にして貢献している。
  • 登壇者: 貴重な時間を投資して自らの知見や体験を共有しようとしている。
  • スポンサー: 会社にこの場所の価値をアピールして、予算を確保し、その目的と場の整合性をとって、参加者にも会社にも価値があるように考え動いている。
  • 参加者: 貴重な時間とコストを支払ってこの場所を楽しみ、学びを得ようとしている。最も数が多く、最も多様な、カンファレンスの主役です。

ですので、まず普通に参加するところから、人によってはスピーカーを目指すのかもしれないし、スタッフになる人も、スポンサーとして盛り上げることを考えていただく人もいる。そういうパスを想定しています。しかし、すべてがコミュニティにとって必要で、価値があることです。それが長年積み重なることで、現在のコミュニティを形成していると考えています。継続していることには、我々が考えつくこと以上に、意味があるのではないかと考えます。

「初心者歓迎」を掲げない理由

私は「初心者歓迎」「やさしい」を掲げることはしていません。別に難しくしようと思わないし、出来る限りハードルは下げるほうがいいと思っていますが、初心者が来てくれた時に、ある程度抵抗を覚えることは避けられないですし、初心者だけが尊いわけではない、というか一番尊いのはもっと知識を共有してくれるスピーカーだったり、もっと多くの資金を負担していただいているスポンサーさん、平日に仕事を休んでまで貴重な労力を提供してくれているスタッフの皆さんなわけです。

誰にとってもフレンドリーでありたいと思いますし、入り口で迷っている人には、だれもが手を差し伸べたいと思っていると思います。もちろんその人が迷っていたい、お風呂の温度を確認したい(Test the Waters)時もあるでしょうから、声をかけるかどうかも考えながら。

他のカンファレンスのほうがその人にとってふさわしいこともたくさんあるでしょう。自分勝手に決めつけてこちらを押し売りするつもりは毛頭ありません。

スピーカーと聞き手の相互作用

開く人が増え、深く受け取る人が増える。その相互作用で対話の質が上がります。カンファレンス全体が学びの場として機能する。これが持続的な学びの循環を生むと考えています。

おわりに:2026年上半期のカンファレンスに向けて

RSGTのプロポーザル結果が出たこの時期だからこそ、次のステップを考える好機です。

採択された方も、されなかった方も、あなたの実践と思考には価値があります。RSGTは数多くある場の1つに過ぎません。

2026年上半期には、こんなカンファレンスが予定されています:

それぞれ異なる文脈、コミュニティを持っています。あなたの実践が、どこかのコミュニティにとって必要とされているかもしれません。

オープンプロポーザルの思想のもと、あなたの考えを開示することは、一つのカンファレンスでの当落を超えた価値を生みます。

ぜひ、次の一歩を。

追記

この記事はRegional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2025に向けて書いたものです。
adventar.org