2026年1月、羽田空港直結のベルサール羽田空港で開催されたRegional Scrum Gathering Tokyo 2026。今年の3つの基調講演を聴いて、私の中で一つのキーワードが浮かび上がりました。
「自律」
予算管理の自律、アジャイル実践の自律、そしてAI時代における人間の自律。三者三様のテーマでありながら、根底には同じ問いかけがありました。
100年前の発明に縛られていないか?
初日に登壇したBjarte Bogsnes氏。Beyond Budgeting Roundtableの会長であり、北欧最大のエネルギー企業Equinorで従来型予算を廃止した張本人です。
彼が最初に投げかけた問いが印象的でした。
「あなたの会社で使っている予算管理の仕組み、いつ発明されたものか知っていますか?」
答えは、約100年前。マッキンゼー創設者ジェームズ・O・マッキンゼーが体系化した手法が、いまだに多くの企業で使われているのです。

Bogsnes氏は「信号機とラウンドアバウト」という比喩を使いました。従来の予算管理は信号機のようなもの。過去のデータをもとに、現場にいない誰かがルールを決め、現場はそれに従うだけ。一方、Beyond Budgetingはラウンドアバウト。現場のドライバー自身がリアルタイムの情報をもとに判断する。

研究によれば、ラウンドアバウトの方が事故も少なく、交通の流れも効率的だそうです。組織運営にも同じことが言えるのではないか、というのが彼の主張でした。
興味深いのは、彼が「予算を廃止しろ」と言っているわけではない点です。予算が持つ3つの機能―目標設定、予測、リソース配分―を分離し、それぞれ適切なタイミングで見直すことを提案しています。

年に一度の儀式的な予算編成から、継続的な対話と調整へ。これはまさにスクラムの「検査と適応」そのものです。
家畜化されたアジャイルを野に放て
2日目のDave Snowden氏の講演タイトルは「Rewilding Agile(アジャイルを野生に戻す)」。Cynefinフレームワークの創始者であり、DSDMコンソーシアムの創設メンバーとしてアジャイルの黎明期から関わってきた人物です。

彼は現在のアジャイルを「家畜化された犬」に例えました。
野生のオオカミは5種類しかいませんが、高いレジリエンスを持っています。一方、人間によって家畜化された犬は数百種に分化し、見た目は多様になりましたが、多くは野生では生きていけません。

アジャイルも同じだと彼は言います。アジャイルマニフェストが掲げた価値と原則は、認定制度や方法論、フレームワークによって「家畜化」されてしまった。レシピ通りに作ることしかできない人が増え、状況に応じて判断できる「シェフ」がいなくなった。
Too many recipe book users, very few chefs
レシピ本ユーザーは多いが、シェフがほとんどいない
この言葉が会場に響きました。
Snowden氏はまた、複雑性科学の観点から興味深い指摘をしています。

「複雑系は分解と再結合でスケールする。集約や模倣ではない」と。大規模フレームワークを導入すれば解決する、成功事例をコピーすれば再現できる、という発想への警鐘です。

「逃げちゃダメだ」― スクラム第二章の幕開け
3日目のクロージングキーノートは、ウルシステムズ創業者の漆原茂氏。AIエージェント「Devin」を使った開発の実践者として、現場のリアルを語りました。
札幌市役所の150万ステップ置き換えプロジェクトでは、最大200のDevinを並列稼働させ大幅なコスト削減を実現。「グレない、拗ねない、1 on 1 要らない。言ったこと忘れない」とAIの特性を表現し、会場の笑いを誘いました。

しかし、彼の講演の核心はAIの凄さを語ることではありませんでした。
むしろ、AIが当たり前になる時代に「人間に何が残るのか」を問いかけていました。

- 何を作るかを決める意思決定
- 「なぜそれを今やるか」の判断
- 技術的不確実性への対応
- 説明責任、価値や倫理の判断
- ナレッジを抽出し、共有すること
- モデリング、メタ設計
これらは当面、人間にしかできないことです。

漆原氏はスクラムの5つの価値を、AI時代に合わせて再解釈することを提案しました。

| 価値 | AI時代の解釈 |
|---|---|
| 勇気(Courage) | AIに任せすぎない勇気 |
| 集中(Focus) | 「問い・学び」に集中 |
| 確約(Commitment) | 「価値」へのコミット |
| 尊敬(Respect) | ヒトとAIの役割を尊重 |
| 公開(Openness) | AIの判断・限界を開示 |
講演の最後、漆原氏は静かに、しかし力強く言いました。
スクラムの第二章が幕を開けた。逃げちゃダメだ
三つの講演が指し示すもの
Bogsnes氏は「信号機からラウンドアバウトへ」と語り、Snowden氏は「レシピ本ユーザーからシェフへ」と語り、漆原氏は「タスク消化から問いと学びへ」と語りました。
言葉は違えど、すべて同じことを言っています。
「与えられたルールに従うのではなく、自分で判断せよ」
予算も、フレームワークも、AIも、すべて道具に過ぎない。道具を使いこなすのは人間です。そして使いこなすためには、原則を理解し、状況を見極め、自分で判断する力が必要です。
Snowden氏の「シェフになれ」という言葉が、三つの講演を貫くメッセージを象徴しているように思います。レシピに書いてあるから砂糖を入れるのではなく、今ここで何が必要かを判断して蜂蜜を使う。そういうマインドセットが、これからのアジャイル実践者に求められています。























