このブログはRegional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2024 - Adventarの2日目の記事です。1日目はながせさんの鼻からスパゲッティを食べなくてすんだ話でした。よかったですね。Regional Scrum Gathering Tokyo 2025でナイトセッションをやります - ナイスビア珍道記
RSGTとかスクラムフェスの運営に関わって14年が経ちます。この間、ずっと考えていたことがあります。「どうやったらコミュニティを民主的に、かつ持続可能な形で運営していけるだろうか」という課題です。
出発点 - 2011年のスクラムギャザリング東京
2011年、初めてスクラムギャザリング東京を開催したとき、5-6人ほどの実行委員で、10ヶ月をかけて準備したのですが、その中で興味深い議論がありました。
「カンファレンスの開催をスクラムでやるのは無理だよね。
納期があって一発勝負だし、ウォーターフォールにならざるをえない」
当時はそう考えていました。でも、年々運営を重ねる中で、大切な気づきが得られました。本当に重要なのは「自分たちで」繰り返すことだったのです。
なぜ「私たち」が運営を続けることが重要なのか
会場設営やお弁当の手配など、外部に任せられる作業はたくさんあります。これらは確かに繰り返し実施できる専門家がいます。
でも、スクラムフェスの運営そのものを繰り返して学べるのは、私たちしかいないのです。
- 毎回の経験から学んだことを次に活かせる
- コミュニティの価値観を深く理解している
- 改善のサイクルを回し続けられる
- 失敗から学んだ知恵を蓄積できる
ここは諦めて、自分たちでやるしかない。徐々にそう考えるようになりました。
いろいろな人に助けていただきながら、自分たちでできることを増やしてきました。
「文化祭運営」にならないように
多くのコミュニティイベントでよく見られるパターンがあります。熱心な主催者が情熱を持って始め、懸命に頑張り、疲弊して去っていく。そして新しい人に引き継がれる。私はこういうスタイルを「文化祭運営」と呼んでいます。
これは、スクラムの価値観とは相容れないと考えています。スクラムは本来、長期安定的なチーム運営を基本としています。日本の優良企業を見ても、持続的に成長している組織は、トップが頻繁には交代せず、一貫した価値観と方向性を保っています。
毎年卒業してしまう高校生なら文化祭運営で仕方ないですが、私たちは複数年の活動を期待していいはずです。短期間に実行委員が代替わりを繰り返してコミュニティが変質していくことは、だれも望んでないと思うんです。
同じ人が数年にわたって参画しているなら、スクラムの源流であるThe New New Product Development Game (竹内・野中)で掲げられたTypeB(サシミ)、TypeC(スクラム)のような実践者同士の協調作業と継承ができるんじゃないかと思います。
そのためには、面倒くさくなってやめてしまうような進め方(ムリ・ムラ・ムダ)を一つ一つ無くしていくことが重要なのではないかと思います。
出典: The New New Product Development Game, 1986 Harvard Business Review
進捗がもたらす持続可能性
テレサ・アマビールの研究では、仕事における最大のモチベーターは「意味のある進捗を感じられること」だと言います。これは本当だと実感しています。
私たちの1時間のオンラインセッション(集まって作業する時間)では、必ず具体的な成果を生み出すことを心がけています。キャッシュフローモデルの検討からチケット販売システムの設定まで、できるところまで確実に進める。
この小さく確実な前進の積み重ねが、実は長期的な持続可能性を支えているのです。
今、どんなことをしているか
多くのスクラムフェスは、毎週1時間ほど、オンラインで集まって作業をしています。特徴的なのは、誰かが強くリードするわけではないこと。みんなで話し合いながら、自然と前に進んでいきます
「去年はこんな感じでしたっけ」
「あ、でもここが課題でしたよね」
「じゃあ、こういう方法はどうでしょう」
こんな会話を重ねながら、その場で実際に形にしていく。完璧を求めすぎず、でも着実に前進する。そんな進め方を心がけています。不安になることは無限にありますが、先走って議論するより、目先の着実な一歩と、検査と適応と透明性を重視しています。
初代プリウスから学ぶ、全員が解決者になるモデル
スクラムの発展過程を調べていた時、興味深い発見がありました。Jeff Sutherland博士が参考にしたトヨタの初代プリウスプロジェクトです。
Roots of Scrum 2005 - Speaker Deck
このプロジェクトには、驚くべき特徴がありました。関わった人々は皆、「私がいなかったらプリウスは実現しなかった」と思えるような重要な貢献をしているのです。一人一人が、プロジェクトの成功に不可欠だったと実感できる瞬間があった。
しかし興味深いことに、プロジェクトの主査を務めた内山田竹志さん(前トヨタ自動車会長、現エグゼクティブフェロー)は、こう語っています。
一見矛盾するように見えるこの言葉は、実は重要な真実を突いています。誰もが自分の持つ専門性やリソースで貢献できる。それは特別な「天才」や「優秀な人材」だけの特権ではない。
「伽藍とバザール」から学ぶOSSのコミュニティ運営アプローチ
この考え方は、『伽藍とバザール』で示されたオープンソースの文化とも深く重なります。特に重要なのは、その問題解決のアプローチです。
バザール方式の特徴は、「やり方を指示する」のではなく、「問題を提示する」というところにあります。解決方法をトップダウンで決めるのではなく、問題を共有し、それを見た人が自分の得意分野や興味に応じて自発的に解決に取り組む。
このアプローチには、いくつかの重要な利点があります:
- 問題に最適な人材が自然と集まる
- 予想外の解決方法が生まれる可能性がある
- 参加者の自主性とモチベーションが高まる
- 多様な視点からの解決策が得られる
スクラムフェス運営への応用
この「問題提示と自発的な解決」というアプローチは、私たちの運営にも大きな示唆を与えてくれます。
実践していること
- 課題を見つけた人が自由に問題提起できる
- 解決方法は押し付けない
- できる人が、できるときに、できる方法で貢献できる
- 誰かの解決策に触発されて、新しいアイデアが生まれる
生まれている効果
- 多様な解決アプローチの発見
- 参加者の主体性の向上
- 予想外の改善案の実現
- 知識と経験の自然な共有
この「問題を提示し、解決策を委ねる」というアプローチは、私たちの1時間のセッションでも実践されています。例えば:
「このチケット販売の仕組み、去年は○○が課題でしたよね」
「確かに。どうしたもんかねぇ。」
「うーん、こういうやり方をしたほうがいいのかも」「でもそれは大変そうだし、そこまでいるのかねぇ」
「まあ、この辺でいいんじゃないっすかね。一旦これで様子見てフィードバックもらおう」
「じゃあこういう感じで....(リリース)」
このような自然な会話の流れの中で、問題が共有され、解決策が生まれていく。それが持続可能な運営の形なのだと、実感しています。
大切にしていること
議論していないことは昨年と同じにする
これは私たちの重要な原則です。毎年全てを一から考え直すのではなく、議論の必要性が明確になった部分だけを検討します。この原則があるからこそ、過去の経験が活きてきます。
また、この原則は時間を効率的に使うだけでなく、コミュニティの一貫性を保つ上でも重要な役割を果たしています。安易な変更を避け、本当に必要な改善に集中できるのです。
手を動かして貢献する人を尊敬する
議論だけでなく、実際に動いて何かを作り出す人を尊敬し、尊重しています。アイデアを出すのは簡単ですが、実際に形にしていく作業があってこそコミュニティは前に進みます。
「やってみせる」文化が根付いてきたことは、とても嬉しい変化です。「こうすべき」という議論よりも、「こうやってみました」という実践が増えてきました。
その場で作り上げる
「後で○○さんお願いします」という宿題作りは、できるだけ避けています。その場でできることはその場で。それが無理なら、次の1時間で。
この即時性は、単なる効率の問題ではありません。その場での共同作業を通じて、暗黙知が自然と共有され、チームの学びが促進されるのです。
そもそもチームというのはアサインされてできるものではなく、こうして協調作業を通じて作られていくものなのだろうと思います。
特定の個人への依存を避ける
「○○さんがいないと始まらない」という状態は、長期的には危険です。みんなで決めてみんなで作る。それが持続可能な運営の鍵だと考えています。
かといって、完全に属人性を排除することは、急にできるものではありません。それは継続的な活動なのだ、と認識して、一つ一つ見つかったら、障害として認め、必要に応じて課題解決していくことにしています。
細かく進捗し、無理なく中断できるようにする
1時間で全部終わらなくても大丈夫。完璧を求めすぎず、できるところまでやって、次に持ち越す。この安心感が、持続可能な運営を支えています。
1時間かけて何かをやる必要はなく、もっと短い時間で、一旦区切りがついたところで、できるかぎりデプロイするようにしておくと、最後の数十分がうまくいかなくても、気持ちよく終われるんじゃないかと思います。
XPでは baby steps よちよち歩き、組織パターンでは named stable baseと呼ばれるものに近いと思います。
非難しない
No Blame。もっと理想的な進め方を思いつくことはあるでしょうけれど、今みんなでできていることが、できていること。それ以上も以下もない。イライラしてきたら、一旦休憩して冷静になりましょう。
進捗こそ正義ですが、うまくいくかどうかわからないアイデアを場に放り投げることは、チームの心理的負荷を高めてしまうだけかもしれません。
あなただけでなく、みんな不安かもしれません。できるかぎり目の前の事実に基づいて共有し、話し合い、一つ一つ解決していきましょう。
長年積み重なることで見えてきた手応え
年々、運営の質が向上していることを実感しています。それは単に手順が洗練されたからではありません。過去の経験を活かし、改善を重ねられる「私たち」が存在するからこそ、達成できていることです。
具体的な変化として:
- 過去の課題への対応が自然と次の運営に組み込まれる
- 新しい試みも、過去の経験を踏まえた上で取り入れられる
- 暗黙知が自然と新しい人やスクフェスにも継承されていく
- 参加者それぞれが「自分も運営に関われている」という当事者意識を持てるようになってきた
- 建設的な議論と実践の文化が根付いてきた
これらのことは、普段、スクラムを通じて私たちが組織の中に作りたいと考えてきた、実践者中心の有機的な運営に近いものなのではないか?と感じます。
これから目指したいこと
「一度きり」のイベントだからこそ、その運営を繰り返し経験できる実行委員の皆さんの存在が重要です。完璧な運営方法などありません。でも、回を重ねるごとに少しずつ良くしていける。
大切なのは、一時的な盛り上がりではなく、着実な継続と少しずつの発展です。RSGTとスクラムフェスは、アジャイル・スクラムのコミュニティにとって大切なイベントです。だからこそ、その運営自体もスクラムの価値観を体現し、長期的に発展していけるものでありたい。
そのために、これからもみんなで少しずつ、でも確実に前に進んでいきたいと思います。この学びと成長の旅に、あなたも参加してみませんか?完璧なやり方なんてきっとないけれど、だからこそ、みんなで作り上げていく価値があると信じています。