ジェフ・パットンが教えてくれた2つのアジャイル残念譚

私が関わったイベント、スクラムギャザリング東京と2つの研修(認定スクラムマスタ、認定スクラムプロダクトオーナー)を大きな事故なく終える事ができました。この期間中に本当にたくさんの方のご助力をいただき、大変感謝しております。

今回、講師の一人、ジェフパットンさんは日本が初めてで、東京も不案内ですのでなるべくつきあって歩きました。その間、いろいろな話をしたのですが、そのうち最も印象に残った話を忘れないうちに書いておきます。

一つ目の残念譚。アジャイル成功の先のレイオフ

これはジェフさんがアジャイルに触れた最初の頃の話。とあるベンチャー企業ケント・ベック氏やウォード・カニンガム氏を招いてXPの導入をしたそうです。結果的に、非常にうまく行き、それ以前よりも効率的に、少ない人数でソフトウェアを出せるようになりました。

そこでCEOが行った事は、XPによって効率化した分、当面のソフトウェア開発/保守に必要でなくなった人たちをレイオフする事でした。改善をやればやっただけ、人を減らされていきます。その後、その企業はインターネットバブルの崩壊を乗り越えられずに、会社自体なくなってしまったのだそうな。

二つ目の残念譚。必要とされていなかった製品。

CEO(創業者)がアジャイルとUXに乗り気で、会社のメインラインになる新製品を開発する際に、ケント・ベック氏やマイク・コーン氏を招聘してアジャイルを教えていた企業の例。すでにUX/UCDを用いてユーザ調査や製品企画を1年以上進めたところで、社内の実践者達から、ジェフさんを呼ぼうという話になり、開発をコーチする事になったそうです。

その結果、アジャイル開発自体は非常にうまくいったものの、その製品を出したときには、「誰もその製品を欲しくなかった」んだそうな。つまり企画に時間をかけすぎてしまったのです。

その後、役員会の影響で、CEOの権限は縮小され、メインのチームメンバーの一部はチームごと他の企業に移ったり。

ソフトウェア開発を成功させるだけでは、生き残れない

この二つはいずれも、アジャイルソフトウェア開発は成功したものの、残念な結末を迎えた事例です。これらの事例が、ジェフさんがプロダクト開発の方法を教える情熱の後押しになった事は想像に難くありません。