プロダクトオーナーの本質 ― アニメ・ゲーム・自動車業界の名プロデューサーたちに学ぶ

昨日(2026年1月30日)、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』第二部『キルケーの魔女』が公開されました。第一作から約5年。待った甲斐があったと思える作品でした。

今日の舞台挨拶で、村瀬修功監督がこう語っていました。5年かけて作った。それでも2ヶ月前は出せるかどうかわからない制作状況だったと。

すごい話です。5年かけて作っているからアジャイルじゃない、と思う人がいるかもしれませんが、これは、ウォーターフォールアジャイルかという話じゃない。


プロダクトオーナーとプロダクトマネージャーの違いを超えて

ここで一旦、用語を整理しておきます。プロダクトオーナーとプロダクトマネージャーは何が違うのですか?というご質問をよく受けます。

プロダクトオーナー(PO)はスクラムで定義された役割で、トヨタの主査制度を原型としています。バックログを整理する人、優先順位をつける人、ステークホルダーと開発チームの橋渡しをする人。あるいは「最終決定権を持つ人」ということで、自社や顧客企業の予算権限を持つ偉い人をPOに据えるケースもあります。どれも間違いではないのですが、どこか本質を捉えきれていない気がしています。プロダクトオーナーはすべてを見ないといけません。その源流はトヨタの主査制度にあるそうです。

ジェフ・サザーランドは著書『スクラム』でこう書いています。

プロダクトオーナーという役割は、トヨタのチーフエンジニアから発想を得たものだ。(中略)トヨタの名高いチーフエンジニア制度(以前は主査と呼んでいた)といえば、「トヨタ生産方式」を率いるリーダーのようにイメージするかもしれないが、実際、チーフエンジニアに権限はない。直属の部下は持っていない。

プロダクトマネージャー(PM)は米国で生まれた職制です。1931年にP&Gで生まれた「ブランドマン」の概念が、ヒューレット・パッカード(HP)を経てシリコンバレーに広まったそうです。米国企業のPMさんの話を聞くことも何度かありましたが、スクラムにおけるPOとはかなり違う役目なのではないかと推察しています。

プロデューサーは、ゲーム業界や、映画、アニメ、TVなどの作品に関するプロジェクトでよく目にする役割です。現場を取り仕切るのがディレクターで、プロデューサーはプロジェクトそのものを起案したり、予算を確保したり、全体の進捗を管理する役割として語られていると思います。

最近、アニメやゲーム業界の優れたプロデューサーたちのインタビューを読み返して、POの本質について考え直すきっかけを得ました。彼らは「雇われて要件整理する米国型プロダクトマネージャー」でもなければ、「予算を取るだけの社内政治家」でもありません。プロダクトに心血を注ぎ込むクリエイターたちと徹底的に具体的な話をしつつ、任せて待つ度量も持っています。


小形尚弘プロデューサー ― 入社時からの夢を形にする

閃光のハサウェイ』のプロデューサー・小形尚弘氏は、第一作公開時(2021年)の電ファミニコゲーマーのインタビューでこう語っています。

僕は中学生のころに劇場版『逆襲のシャア』を見て、その流れで小説の『閃光のハサウェイ』を手に取って、その内容にショックを受けた世代だったんですけど、就職でサンライズに入社することになり、そのときからいつか『閃光のハサウェイ』をアニメ化したいと思っていたんです。

中学時代から温め続けた夢を、プロデューサーとして実現する。それだけでも十分すごいのですが、注目すべきはその実現の仕方です。

小形氏が最初に声をかけたのは村瀬修功監督でした。『ガンダムUC』で絵コンテや作画を依頼し、「次は一緒にがっつりと作品を作りたい」と思っていた人物です。村瀬監督には『F91』でやりきれなかった思いがあると感じ取り、富野由悠季が執筆した『閃光のハサウェイ』なら受けてもらえるかもしれないと考えてオファーしました。

結果、第一作は興行収入22億円を超える大ヒットとなりました。そして第二作『キルケーの魔女』まで約5年。公開2ヶ月前まで出せるかどうかわからない状況だったといいます。それでも待てる。なぜなら、このプロダクトが世に出る意味を、誰よりも深く理解しているからです。


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福士裕一郎アニメーションプロデューサー ― 作品の仕上がりを左右する存在

『葬送のフリーレン』のプロデューサー・田口翔一朗氏(TOHO animation)は、アニメイトタイムズのインタビューで印象的なことを語っています。

アニメ化を企画するにあたり、私としては「どのアニメーションプロデューサーと組むのか」という部分を非常に重視しました。私はもともとアニメ制作スタジオで制作進行をしていました。だからこそ、"アニメーションプロデューサーによって作品の仕上がりが変わる"という認識がありました。

田口氏が選んだのは、マッドハウスの福士裕一郎氏でした。「モノ作りにかける情熱は業界内でも有名で、確かなもの」だといいます。

福士氏は斎藤圭一郎監督をはじめとする素晴らしいスタッフを集めました。斎藤監督には「人望の厚さや手腕」があり、「斎藤圭一郎さんがやるなら是非自分も参加させてもらいたい」という人が集まってきたそうです。

ここで重要なのは、田口氏が「企画と製作」に専念し、現場の構築はアニメーションプロデューサーに任せていることです。大まかな地図を描き、適切な人を選び、あとは任せる。劇伴作家や主題歌アーティストの提案など、自分の責任範囲では徹底的にこだわりつつ、現場には口を出しすぎない。そういう姿勢が見えます。

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シブサワ・コウ ― 制作を積み上げないとプロデューサーはできない

コーエーテクモホールディングス代表取締役社長の襟川陽一氏(シブサワ・コウ)は、CEDEC 2023の基調講演で、プロデューサーについてこう語りました。

プロデューサーには先を見る力が必要だ。そのプロジェクトにはどれくらいの人員や予算、時間が必要なのかといったことが把握できないと務まらない役職で、そのためにはさまざまな現場経験が必要になる。

コーエーテクモでは基本的に社員を新卒で採用し、育成を続けてパートリーダー、ディレクター、プロデューサー、やがては役員へと成長させます。現在の役員は全員新卒入社で、かつ全員が開発の仕事も抱えたプレイングマネージャーだそうです。

4Gamerの過去記事でも、襟川氏は「プロデューサーは制作をやって積み上げないとできない」と述べています。同社が中途採用をせず、新卒から叩き上げで制作を育ててきた理由がここにあります。

これは「品質・納期・予算」の管理にも関わります。襟川氏は管理を「一定の範囲内に結果を収めること」と定義し、「いくらいいタイトルを作れても、管理ができなければ大赤字になり、会社も大きな影響を受ける」と説いています。プロデューサーは経営者と同じ。ゲーム会社の盛衰は優れたプロデューサーがどれだけいるかで決まります。


内山田竹志 ― 中学時代の夢を世界初の量産ハイブリッド車で実現した主査

ゲーム業界だけでなく、自動車業界にも同じ構造があります。

トヨタ自動車の内山田竹志氏は、2023年の株主総会でこう語っています。

私は少年のころから大変クルマが好きで、中学2年生のときに「将来大人になったら、自動車会社に入って、自分が企画したクルマを世の中に出したい」と思って、ずっと学生時代を暮らしておりました。そして、念願かなって、トヨタ自動車に入社することができ、さまざまな開発に携わることができましたし、初代プリウスを世の中に送り出し、子どものころの夢を実現することができました。

1997年に「21世紀に間に合いました」のキャッチコピーとともに発売された初代プリウス。世界初の量産ハイブリッド車であり、同等のガソリン車の約2倍という燃費を実現しました。その開発責任者(主査)が内山田氏でした。

興味深いのは、内山田氏がそれまでチーフエンジニアの経験がなかったことです。「ゼロから新しいモデルを作り上げるには予断のないことがむしろ好都合」と考えられ、リーダーに抜擢されました。

開発目標は「燃費2倍」。従来技術では到底達成できない目標でした。豊田章男氏(現会長)は内山田氏についてこう語っています。「燃費を倍にというのは、とんでもない目標だったと思います。それを経営陣ではなく、チーフエンジニアという立場でリードした」。

プリウス開発の特徴は、タスクフォースチームによる部門横断の協働でした。内山田氏は後にこう振り返っています。「欧米のエンジニアと話していてよく聞かれたのは、2モーターを器用に使って複雑に絡み合うシステムをどうやって作ったのかということでした。タスクフォースチームを作って技術者同士が話し合って問題を解決したと話すんですが、なかなか理解してもらえない。欧米の縦割り社会だと、われわれのようなやり方は難しいところがあるようです」。

正式な開発着手から約2年で、未踏の技術を量産化するという異例のプロジェクト。経営陣が「できなければプロジェクトは解散」とまで言ったハイブリッド化の決断。それを受けて立ったチーフエンジニア。内山田氏は「技術者冥利、チーフエンジニア冥利に尽きるプロジェクトだった」と語っています。

トヨタの「主査」(チーフエンジニア)制度は、ジェフ・サザーランドが著書『スクラム』でプロダクトオーナーの原型にしたと書いています。

サザーランドはこう説明しています。チーフエンジニアには権限がない。直属の部下を持たず、誰かの業績評価や昇進・昇給を決める権限もない。代わりに「どんな車にするかというビジョンと、その車をどう造るかを決める役割を担う。この決定を、強制や圧力ではなく、説得を通じて行なう」。

そして「スクラムで実現したいのはまさにこの考え方だった」と。

ただし、この役割を果たすには「普通ならその道で三〇年くらいの経験がなければ務まらない」。そこでサザーランドは、この役割を二つに分けました。仕事の進め方をスクラムマスターが、仕事の内容をプロダクトオーナーが担う、と。

スクラムと初代プリウスプロジェクトの比較については、トヨタの竹内さんと南野さんが分析しています。

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宮本茂 ― なにもできないからプロデューサーになった

任天堂宮本茂氏は、2024年1月のほぼ日インタビューで、示唆に富むタイトルの記事を残しています。

「なにもできないからプロデューサーになった」

『マリオ』『ゼルダ』『ピクミン』を生み出した、世界で最も尊敬されるゲームクリエイターの一人が、自らをそう表現しています。

宮本氏がプロデューサーとして何をしているかは、任天堂の「社長が訊く」シリーズなどで垣間見ることができます。彼は現場に深く入り込み、操作したときの手応えにこだわり、ダメ出しをします。しかし、それは「自分がすべてを作る」こととは違います。最少人数のチームで始め、できる人に任せ、最終的な判断だけを下す。

ただし、「任せる」というのは、単に金と時間を渡すことではありません。

2017年のCEDECで、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の開発チームが行った講演が話題になりました。そこで明かされたのは、「引力」「三角形の法則」「3つのものさし」といった設計思想の徹底的な言語化でした。

ゲーム世界の距離感を決めるために、開発チームは京都市内を地図片手に実際に歩き回りました。ダンジョンの所要時間を決めるために、京都の観光名所をゲーム内に再現してリンクに探索させました。「郵便ポストと出会う頻度」を基準に、モンスターの配置密度を議論しました。

大人数でゲーム世界を同時開発するために、「フィールドタスクビュー」という仕組みも作りました。制作中のマップに「工事中」の看板を立て、誰がどこを作っているか、どんな議論があったかをチーム全員が共有できます。重複や手戻りを防ぐだけでなく、スタッフ同士がアイデアを出し合って改良できる土台になりました。

講演を聞いた記者は、こう書いています。「任天堂のゲーム作品と聞くと、『独特なセンス』でゲーム仕様を決めて、調整に時間を掛けてバランスさせて開発しているイメージを勝手に抱いていた。まさかここまで事前に理詰めの調査や実験を行って仕様を策定していたとは」。

こういうものづくりは、ただ金と時間を渡すだけでは起きません。プロダクトの本質を一緒に考え抜き、チームが自律的に良いものを作れる仕組みを整える。それがあって初めて「任せる」が機能します。

以前、宮本氏が「うちはタレント事務所ですから」と話したと聞いたことがあります。冗談めいても聞こえますが、「それくらいIPを大事にしている」と受け取ることもできます。そして同時に、タレント(才能ある人材)を活かすことがプロデューサーの仕事だという意味にも聞こえます。


手作りのカンファレンス、手作りのチーム

レベル感は全然違うのですが、自分がやってきたソフトウェア開発やカンファレンス運営にも、同じ構造があります。

ソフトウェア開発では、自分が発注者であり、自分が作って成功させ、ユーザーを楽にするというところにこだわってきました。もちろん継続的にみんなでやります。そのためのチームでありスクラムです。

カンファレンスも同じです。手作りで行って、主役であるスピーカーさんや参加者の方々が楽しく学べるような場所を作る。みんなでバランスを取ります。予算と時間の制約の中で、クオリティを追求します。

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この全部やる感覚がプロダクトオーナーの感覚に近いんじゃないかと思います。もちろん全部はできないんだけど。

すなわち各人が、各研究者も教授も、アーティストでありデザイナーでありサイエンティストでありエンジニアであり、なおかつ教授の場合ビジネスマンでもなきゃいけない。一人の人間がすべてでなきゃいけない。 すなわち、ひとつのラベルを貼って、レッテルを貼って、あなたは技術者、あなたはCognitive Science(認知科学)、あなたはSociology、といった時代ではもうなくなっている。 逆に解かなきゃいけない問題がこれだけ複雑になって、人間、その信義、そのsociety、commitと、これだけ複雑に絡んでいるときに、それをデザインするときに、ひとつの学問だけでやっていく時代はもう終わっている。 もちろんすべての学問でNo.1にはなれませんけども、それぞれの言語をfluentに話し、深く尊敬し、そういうチームをまとめられるリーダーでないと、これからやっていけない、というふうに思います。 ― 石井裕先生 2005年講演(メモ

漫画原作ドラマ/アニメにおける漫画家の立場と、ビジネスの関係については山田玲司さんの話が参考になります。厳しい納期に合わせてビジネスを成立させる感覚と、アイデアをクオリティに転換するための十分な時間を確保して打ち込むという感覚がうまくバランスできないと、こうしたものは作れないんだろうなと。


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Netflix『THE DAYS』の増本淳氏は、もともとテレビ局の社員で、ドラマのプロデューサーなのですが、実はこっそり脚本も書いていたそうです。プロデューサーでありながら、制作の核心に関わる。


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プロダクトオーナーの本質とは何か

これらの事例から見えてくるプロダクトオーナーの本質は、次のようなものです。

1. プロダクトへの深い愛着と理解 小形氏の「中学時代からの夢」、内山田氏の「中学2年生のときからの夢」。プロダクトを誰よりも愛し、その価値を信じています。

2. 適切な人を選び、任せる力 田口氏が「どのアニメーションプロデューサーと組むか」を最重視したように、誰と組むかがすべてを決めます。そして、選んだら任せる。

3. 制作経験に基づく判断力 シブサワ・コウの「制作を積み上げないとプロデューサーはできない」。現場を知らなければ、適切な判断はできません。

4. 待つ度量 第一作から第二作まで約5年、公開2ヶ月前まで出せるかわからない状況でも待てる。それは信頼であり、覚悟でもあります。

5. 品質・納期・予算のバランスイデアとクオリティを追求しつつ、ビジネスとしても成立させる。この両立こそがプロデューサーの腕の見せどころです。

6. チームが力を発揮できる仕組みを作る ただ金と時間を渡すのではなく、設計思想を言語化し、部門を超えて協働できる土台を整える。任天堂のフィールドタスクビューも、トヨタのタスクフォースチームも、その例です。


おわりに

スクラムの文脈で語られるプロダクトオーナーは、ともすれば「バックログを並べ替える人」に矮小化されがちです。しかし、本当に優れたプロダクトを生み出すPOは、もっと深いところでプロダクトと関わっています。

クリエイターと、カネと政治の問題。プロデューサーが作品をリスペクトしているかどうか、すごく重要なのだと思います。そして、予算も納期も人も確保しなければならない。ビジョンと現状を真摯に説明し続ける必要もあるでしょう。ただし、社内の主要なポジションにいても、十分にプロダクトに関われないのであれば職責を果たすことはできません。

これは、ウォーターフォールアジャイルかという話じゃない。

プロダクトを心から愛し、人を選び、任せて待ち、最後は自分が責任を取る。それがプロダクトオーナーの本質なのだと思います。