経営者がITを学ぶインパクトは、プログラマが経営を学ぶより大きいかもしれない

前回のエントリもずいぶん多くの方に読んでいただいたようで、大変驚いております。

kawaguti.hateblo.jp

さらに、いただいたフィードバックから、もう一点補足した方がよいかなと思いまして、このエントリを書き始めました。補足の補足ですみません。

 

リーダーがITを学ぶのが早いか、IT技術者が経営を学ぶのが早いか

前回、IT技術者ではないキャリアを歩んでいる方々がプログラミングを学んだ事例としてジャパンタクシーの川鍋社長のエピソードと、若手向けプログラミング研修の例を出しました。

ビジネスマンがプログラミングを学ぶ価値 

アジャイルジャパン2018で、ジャパンタクシーの川鍋社長が話していたことが印象に残っています。川鍋さんは正月休みを利用して、1週間詰め込み型のプログラミングスクールに行き、Railsを使ったプログラミングを学んだそうです。そこで発見したのは、「一文字間違えただけでも動かない。」「怖い。」ということだそうです。そのあとエンジニアに、そこで学んだようなプログラミングの延長で自社のアプリはうごいているのかを聞いたところ「そうだ」という答えが返ってきて、そのあと何もいえなくなったとのこと。

togetter.com
同じように、私にもビジネス系の若手にプログラミングを教える機会があったのですが、そこで最初に上がった声が「エラーヘル」でした。動かない。プログラミングをした人は誰でも知っていることですが、プログラムっていうのは正しく書こうとしても動かないわけです。これを肌身で理解しているかどうかは、「話が通じるかどうか」の大きなポイントかなと感じました。 

confengine.com

これらの例に対して(だと思いますが)、IT技術者が経営を学ぶ方が早い、というご指摘をいただきました。この点はまったく同意です。

個人のキャリアパスでいうと、経営や管理手法を先に学ぶより、まず基盤となるコンピュータサイエンスや数学や統計を学んでおく方がスムーズかなと思います。すでにIT技術者としてキャリアを積まれている方が、経営について学ぶほうが、ビジネスマンにITを教えるより早い感じがします。

なのに、なぜ逆手順ともいえる例を紹介したのかといいますと、組織の観点で考えた時に、経営側・マネジメント側の主流がITに明るくない人だった時に、どうやってIT側の人を必要な職につけるのか?という大きな課題があると感じたからです。

誰がITに明るい人間をマネジメントに引き上げるのか?

前のエントリでも Microsoftの例を出しましたが、以前のスティーブ・バルマーCEOはマーケティングやセールスの側の方と聞いています*1。そのバルマー前CEOの下で、自社WebサービスBingやAzureを立ち上げてきたのが現在のサティア・ナデラCEOということです。有能な雇われCEOがポッと組織に入っていきなり社長になったわけではなく、実ビジネスをやりながら昇進のステップを踏んで、CEOになったというわけです。

多くの大企業で、同様に社内評価をえながら、同社を任せるに足る実績とビジョンを持った人材を育て、いずれ組織長に据える、ということを理想としていると思います。その人物が何者なのかを事前に見極めるステップがあります。次に優れたリーダーが選ばれるためには、その前に選球眼を持ったリーダーが必要になります。

任天堂の故岩田聡さんを社長にしたのは、創業2代目で花札の会社からテレビゲームの会社に導いた山内溥さんです。ファミコン初期から実際にゲームをプログラミングしてきた本当のハッカーの社長登用(その前のHAL研究所の支援の経緯も含め)は大きな決断であったろうと思います。

matome.naver.jp

www.mag2.com

ナデラ氏や岩田さんを社長に据えたバルマー氏や山内さんの選球眼が鋭かったことに反論の余地はないと思います。そして彼らは、もともとコンピュータ技術者であったわけではありませんエンジニア出身のリーダーを、彼らが引き上げていなければ、エンジニア出身者が社長になることは、なかったわけです。

最近の日本の事例だと、DMM.comの亀山さんがピクシブ創業者の片桐さんを社長に登用したのも記憶に新しいところです。

logmi.jp

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翻訳者がいいリーダーになるとは限らない

ところで業界には「ITに明るくない人に上手に説明する、そこそこITがわかっている人」というのが大勢いらっしゃいます。プロジェクトマネージャーとか副部門長とかをされてたりするかもしれません。コンサルタントさんかもしれません。パワポが上手で、細かいところをさっと端折って、AかBか選べば経営判断下せる感じにしてくれる人たち。ITがわからない経営陣にとっては手放せない存在であることでしょう。

一見、優秀そうな方々なのですが、経営やマネジメントを任せた途端にボロを出してしまう方もいるようです。たとえばこんなような理由が思い浮かびます(実例ではないです)。

  • 上を見て仕事をしていて部下に人望がない
  • 資料はまとめられるが本質の理解がない
  • 他人を信用出来ず、任せるのが不得意
  • リーダーシップ経験がない
  • たんに権力が好きすぎる

自分の言うことを聞いてくれた人をリーダーに据えるパターンは、なかなかうまくいかないというのは想像しやすいところかなと思います。

全部当たるわけではないけど、数を増やせば当たりも増える

選球眼がだいじという話でした。選球眼を養っていただくためにも、ビジネスマンがITを実体験することで、共通言語を持つことはとても大事だと思います。もちろん、現役の経営者やリーダーが少しでもITに明るくなることは、組織にとっても即効性が高いのではないかと思います。話が通じるだけでずいぶん働きやすくなるわけです。

そして、数の問題があります。IT技術者の数を増やすことも重要でしょうが、ビジネスマンの数はもっと多いので、ビジネスマン自身が積極的にITを学んでいけば、何倍も早いスピードで業界が変わっていくのではないでしょうか。その学習への投資が、将来的に無駄になるとも思えないので、個人としても組織としても積極的に投資して良いのではないかと思っています。あ、翻訳者を増やすためのパワポやレポーティングばかり学ばせてもダメかもしれませんけれど。その点は人事/教育研修担当さんの選球眼も必要になりますね。

モブプログラミング体験会で得られた反応

ところで、ビジネスマンの方々で、プログラミングの現場を直接見たことがある人ってどのくらいいるものなのでしょう?ポストイットを壁に貼っているアジャイルの現場を見た、ということではなく、コードを書いている現場や、コードそのものを見た経験のことです。どうでしょう?

2017年から自分たちでも取り組み、様々な形で紹介してきた、モブプログラミングという仕事の進め方があります。これは一箇所に開発者も企画者も集まって、一緒に作業を進めていく、という考え方です。会議の時だけ集まって資料を見ながら議論をするのではなく、常にそこにいて、仕事の状況を把握し、いつでも質問や議論を進められる状態を保ちながら、コードも書いていきます。


A day of Mob Programming

この手法を編み出したのが 米Hunter Industries。スプリンクラーの大手企業です。CEOがWoody Zuill氏にIT部門の再生を託し、あるチームが成功を納め、そのやり方を全体に広めたものだそうです。

私が所属していた楽天の部門でもこれを取り入れました。そして、さらに多くの人に広め、仲間を集めるべく、見学会を多数おこなってきました。(この点もHunterから学んだことです。)

ある見学会の時に、プログラマー出身じゃない方からこう言われたことがあります。

エンジニアの人って、一日中パソコンに向かって打ち込んでいるのだと思ってました。 

その方ももちろん、キーボードを握ってコードを書いていただいたのですが、それだけでなく、観察によって、プログラマーがどのように仕事を進めているのかを発見されたようです。逆にいうと、こんな基本的なことも私たちは共有できていないのか!と気づかされました。まさに現地現物です。現場に行って、見てみるだけで、こんなことも発見できるのですね。

ビジネスマンがITを学ぶのは大変かもしれませんが、モブプログラミングをやってみることは、それほどハードルは高くないと思います。それだけでも、多くのことが学べるのだとわかりました。

モブプログラミングについては、昨年のDevelopers's Summitで実演を行い、ベストスピーカー第2位に輝きました。

speakerdeck.com

 

本場HunterのDirectorが来日するので、モブプログラミング体験会をやります

また、これは宣伝になってしまいますが、Hunterの現役DirectorのChris Lucian の来日に合わせてモブプログラミング体験会を行います。Chrisは上のビデオで「Driver」の吹き出しのところにいる人です。

ご興味のある方はぜひ実際にどうやっているのかを覗きにきてみてください。ほんとうは現地に見にいくのが一番学びが多いと思いますが、全員がそうすわけにもいかないと思いますので、電車で行ける体験の機会を生かしていただければと思います。

www.eventbrite.com

 

さいごに、新しいことを理解するには

多くの企業で、ITが急速に経営課題になってきたのが、この20年くらいの変化だと思います。さまざまな業種の方が、ITをさまざまなレベルで理解する必要が出てきました。なぜなら、それが仕事の重要な一部になったからです。

何か新しいことを理解するために必要なことは、まず第一歩、学び始めることです。人間は、今持っている知識を元に、新しいことを学ぶので、下手でも苦手でも、まずは第一歩を学んでみることが、大事なのかなと思います。

「人は、学び続ける動物である。なぜそういえるかというと、人が問題を解いていたり、新しい問題の解を見極めたりする時どういうことが起きているかを詳細に観察してみると、人は、何かが少し分かってくると、その先にさらに知りたいこと、調べたいことが出てくることが多いからだ。人はなにも知らないから学ぶのではなく、何かが分かり始めてきたからこそ学ぶ、ともいえる。」(三宅芳雄, 三宅なほみ 『教育心理学概論』 第一章 P.13-14) 

kawaguti.hateblo.jp

 

また長くなってしまいました。みなさまの参考になれば幸いです。

*1:ただ、日本にきた時に「Developer! Developer! Developer!」と連呼するなど、開発者の重要性は同社の根幹をなす、という感覚は持たれていたようです。