大変光栄なことに、2/20-21 に初開催される Scrum Fest Morioka 2026で基調講演の機会をいただくことになりました。
何を話すのか?
話す内容としては、いつも私が話してきたようなことを、まとめられればと思います。同じ人間が発信してきたことですので、その背景にはなにがしかの一貫性や、趣味性が現れるだろうと思いますが、改めてまとめてみないと本人も意識することは滅多にないもので、良い機会を与えていただいたと勝手に解釈して、ここにまとめてみました。
以下、基調講演に向けて、私が影響を受けてきた本や考え方のリストを公開してみようと思います。
スクラムの源流
野中郁次郎・竹内弘高「The New New Product Development Game」(Harvard Business Review, 1986)
スクラムの源流となった論文。ホンダやキヤノンの製品開発を調査して「ラグビーのように一体となって進むチーム」を描いた。Jeff Sutherlandがこの論文からScrumという名前を取った。スクラムの源流にあたる論文です。
The New New Product Development Game
野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』
暗黙知と形式知の相互作用(SECIモデル)。「最初に理論ありきではない。最初に思いがあって行動があって、その本質を極めて初めて同時に形式化する」という野中先生の言葉は、RSGTの運営そのものです。
Jeff Sutherlandからのビデオメッセージ(2011年)
Innovation Sprint 2011で初めていただいたビデオメッセージ。ここからRSGTが始まりました。
組織と制度
Daron Acemoglu & James A. Robinson『国家はなぜ衰退するのか』
包括的制度(inclusive institutions)と収奪的制度(extractive institutions)の対比。特定のリーダーが引っ張る組織ではなく、みんなで作る組織の方が長期的に繁栄する。RSGTが特定のスター講演者に依存せず、オープンプロポーザルで運営している理由の一つです。2024年ノーベル経済学賞。
唐突ですみません。アセモグルの理論を物語として体験できる作品だと思っています(書かれた時代は逆ですが)。優れた専制君主による統治と、衆愚に陥りがちな民主主義。どちらが正しいかではなく、特定の英雄に依存しない仕組みをどう作るか。ヤン・ウェンリーの問いは、コミュニティ運営にも通じます。第一巻だけで十分なボリュームです。
「敵なんていないんだ」。トルフィンがたどり着いたこの言葉は、「比較優位で語らない」という私たちの姿勢と繋がっています。競争相手を作らない、誰かを打ち負かすことを目指さない。
Bob Sutton & Huggy Rao『Scaling Up Excellence』
Buddhism vs Catholicismの連続体。同じプラクティスを複製していく(Catholicism)か、ローカルニーズに合わせたアプローチを許容する(Buddhism)か。スクラムフェスが全国に広がるとき、各地が独自のテーマを持てるようにしてきたのは、このBuddhism側の考え方です。「成長にブレーキをかける勇気」も大事にしています。
Beyond Budgeting(脱予算経営)
年次予算を組まない。入ったら使う、入らなければ使わない。承認プロセスを置かない。RSGTとスクラムフェスは10年以上この方法で運営しています。驚くほどアジャイルの原則と重なっています。
心理的安全性とマインドセット
Google re:Work「効果的なチームとは何か」(Project Aristotle)
効果的なチームの最も重要な要素は心理的安全性。リスクを取っても安全、失敗しても非難されない、質問や意見を言っても大丈夫。心理的安全性があるから知的コンバットができる。本間さんが「当時のホンダにあったようなワイガヤの場がここにありましたね」と言ってくれたのは、この心理的安全性があったからだと思います。
Carol Dweck『Mindset』/ Linda Rising
Growth Mindset。能力は固定ではなく成長できるという信念。失敗を学びの機会と捉える。Linda RisingはこれをAgileの文脈で広めてくれた人。「比較優位で語らない」という私たちの姿勢は、Fixed Mindsetを誘発しないための設計でもあります。
Michael Sahota - Emotional Science
心理的安全性の高い場では、「えっ...」と思う指摘も出てくる。感情的なささくれとうまく付き合い、冷静に戻るテクニック。長く続けるコミュニティには必要な知恵です。
変化とパターン
Mary Lynn Manns & Linda Rising『Fearless Change』
変化を起こすためのパターン集。トップダウンではなく、草の根から変化を広げていく方法。私が翻訳に関わった本でもあります。
Lyssa Adkins - 安定期のない変化の時代
これまでの変化は、変化の後に安定期が来た。昨今は安定期が来ない、連続的な変化の時代。だから安定期の手法ではなく、変革期の手法を学ぶべき。野中・竹内論文も「変革期の新しい製品開発のやり方」を調査研究したものでした。
Dave Snowden - Cynefin Framework
複雑領域(Complex)では、因果関係が事前にはわからない。Probe-Sense-Respond(やってみて、感知して、対応する)。RSGTの運営も、報告書やめてみる、どうなるか見る、大丈夫だった。複雑領域での経験主義そのものです。
コミュニティと正統的周辺参加
Jean Lave & Etienne Wenger『状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加』
人は専門知識を身につけるときに、組織の外延から参画して、徐々に学びながら、活動しながら、中心に向かっていく。「残念だったなー」があっても焦らなくていい。来年も、その先もある。RSGTとスクラムフェスはこの考え方で設計しています。
三宅芳雄、三宅なほみ『教育心理学概論(新訂)』
「人は、学び続ける動物である。なぜそういえるかというと」から始まる、学習と教育について学習心理学の立場から学べる名著。よい学びとは、応用しやすい学びであると説き、素朴理論(個人の経験)から自分で考えて科学的知識に結び付けることで、よい学びにつながると説明する。一方で、その過程でわかりやすい説明を受けてしまうと、「バブル型理解」となり、知識として定着しない。
William Schneider『The Reengineering Alternative』/ Michael Sahota
組織文化を4象限に分類するモデル。Control(管理)、Collaboration(協調)、Competence(能力)、Cultivation(育成)。Michael Sahotaがアジャイルマニフェストをこのモデルにマッピングしたところ、アジャイルの価値と原則はほぼすべてCollaborationとCultivationに集中していて、Controlに該当するものはゼロだった。多くの日本企業はControl文化が強いので、RSGTやスクラムフェスは異なる文化を体験できる場になっているのかもしれません。
実践者の言葉
Jeff Patton
ユーザーストーリーマッピングを日本に持ち込んでくれた人。「話しながら付箋に書いて共有する」という情報を高速に全員で操作するやり方は、アジャイルの肝です。私が翻訳した本でもあります。
本間日義さん(ホンダ・シティプロジェクト)
野中・竹内論文で取り上げられたホンダ・シティの開発メンバー。RSGT2025でクロージングキーノートをしていただきました。「サシミとラグビー」の話、そして「当時のホンダにあったような議論の場がここにありましたね」という言葉は、14年間やってきたことの意味を確認させてくれました。
自分のブログ記事
過去に書いた記事も、今回の整理の参考にしました。
- SECIモデルとスクラム
- RSGT2025 本間さんクロージングキーノート
- スクラムフェスの脱予算経営
- RSGT2022 ふりかえり(正統的周辺参加、自己組織化)
- スクラムフェスの設計
- アジャイルマニフェストが生まれた日
こうして並べてみると、「比較優位で語らない」「内発的動機付け」「経験主義」「心理的安全性」「正統的周辺参加」といったキーワードが繰り返し現れます。意図して選んだというより、自分が惹かれるものに一貫性があったということなのかもしれません。
Scrum Fest Morioka 2026でお会いできることを楽しみにしています。
この記事は Regional Scrum Gathering Tokyo & Scrum Fest Advent Calendar 2025 - Adventar の記事として書かれました。


















