チームの文化は多数決 - Succeeding with Agile に書いてなかったという話

久しぶりにMike Cohnの「Succeeding with Agile」を読み返しました。3章、スクラムを組織に広げるためのパターン、Split and Seed、Grow and Split、Internal Coachingの章です。

だいぶ昔に品川アジャイルで読んで、「チームの文化は多数決で決まる」という原理が書いてあると思っていたのですが、字明示的にはどこにも書いないことに気が付きました。あれれ。

3つのパターン

Mike Cohnは、スクラムを組織に広げるための3つのパターンを紹介しています。

Split and Seedは、うまく機能しているスクラムチームを分割し、それぞれの半分を核として新しいチームを作る方法です。8人のチームを2つに分け、それぞれに新メンバーを加えて8人のチームを2つ作ります。

Grow and Splitは、チームにメンバーを追加していき、十分に大きくなったら分割する方法です。Split and Seedより緩やかで、Mike Cohnは「最も自然なアプローチ」と呼んでいます。

Internal Coachingは、うまくいっているチームから一人を選び、苦戦しているチームのコーチとして派遣する方法です。

書かれていないこと

Mike Cohnは、Split and Seed についてこう書いています。

In the split-and-seed pattern, one functioning Scrum team is split in two, with each half of the original team forming the basis of a new team. New people are then added to these splinter teams to form new Scrum teams. This pattern is shown in Figure 3.1, which shows the creation of two teams from one original team. A large initial team could be used to seed as many as four new teams, especially if the initial team included some members with previous Scrum experience or a natural aptitude for it.
分割と種蒔きパターンでは、機能している1つのスクラムチームを2つに分割し、元のチームの各半分が新しいチームの基盤を形成します。その後、これらの分離チームに新しい人々が追加され、新しいスクラムチームが形成されます。このパターンは図3.1に示されており、1つの元のチームから2つのチームが作られる様子が描かれています。大きな初期チームは、最大4つの新しいチームの種を蒔くために使うことができます。特に、初期チームに以前のスクラム経験を持つメンバーや、スクラムに対する自然な適性を持つメンバーが含まれている場合はそうです。

10人以下のチームが最大4分割なので、2-3人の経験者がチームに配置されることになります。8人のチームに2人の経験者がいれば25%。3人なら37.5%、4人なら50%です。

ここで思い出したのが、クリティカルマス理論です。社会変革の研究で、行動変容が自己持続的に広がるには一定割合の「初期採用者」が必要とされています。多くの研究で、その閾値は約25%とされています。

25%以上の人間がスクラムをうまくできる経験を持っているなら、チームにそれを指導できる可能性があるということです。

多数決のメカニズム

ところで、新しいメンバーがチームに加わったとき、何が起きるでしょうか。

明示的なルールブックを渡されるわけではありません。「ここではこうする」と逐一説明されるわけでもありません。新メンバーは、周囲を観察します。多数派がどう振る舞っているかを見て、それが「ここでの普通」だと学習するのです。

社会的学習理論でいう観察学習。社会的証明の原理。人は不確実な状況で、他者の行動を手がかりにします。

だから、多数派の行動がチームの文化になる可能性が高いです。チームの文化は、投票で決めるわけではありません。でも、日々の行動の積み重ねの中で、多数派の振る舞いが「当たり前」として定着していくのです。

文字通りの多数決ではありません。でも、結果として多数決と同じ効果が生まれます。

Grow and Splitの安全性

この視点で見ると、Grow and SplitがSplit and Seedより「安全」な理由がはっきりします。

The grow-and-split pattern is a variation of the split-and-seed approach. It involves adding team members until the team is large enough that it can be comfortably split in two, as shown in Figure 3.2. Immediately after splitting, each of the new teams will probably be on the small end of the desirable size range of five to nine members. After allowing the new teams one sprint at this reduced size, new members are added until each team becomes large enough that it can also be split. This pattern repeats until the entire project or organization has transitioned.
成長と分割パターンは、分割と種蒔きアプローチのバリエーションです。チームが快適に2つに分割できるほど大きくなるまでチームメンバーを追加することを含みます。これは図3.2に示されています。分割直後は、各新チームはおそらく5〜9人という望ましいサイズ範囲の小さい方になるでしょう。新しいチームにこの縮小されたサイズで1スプリントを許可した後、新しいメンバーが追加されます。各チームも分割できるほど大きくなるまで続きます。このパターンは、プロジェクト全体または組織全体が移行するまで繰り返されます。

Split and Seedは、一気にチームの半分以上が新メンバーになります。経験者比率は50%以下で、クリティカルマスはギリギリ維持されますが、文化の「濃度」は急激に薄まる可能性があります。

Grow and Splitは違います。チームに新メンバーが少しずつ加わります。その都度、新メンバーは既存の多数派に「社会化」されます。チームが十分に大きくなってから分割するので、分割後も両方のチームで経験者が多数派でいられるのです。

イノベーション普及曲線で考えると、さらにわかりやすくなります。

Split and Seedは、アーリーアダプターが十分に育つ前に、いきなりアーリーマジョリティに普及させようとするようなものです。急速だが脆い。

Grow and Splitは、チーム内で十分にアーリーアダプターが育ち、その行動が「当たり前」になってから次の段階に進みます。普及曲線の各段階を丁寧に踏みます。緩やかだが堅実です。

Fearless Changeとの接続

ここで繋がったのが、Linda RisingとMary Lynn Mannsの「Fearless Change」です。

Fearless Changeは、組織に新しいアイデアを導入するためのパターン集です。イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティに対応したパターンが収められています。まず味方を見つけ、小さな成功を作り、それを足がかりに広げていく。

Mike Cohn の Internal Coaching パターンは、Fearless Changeの「Connector」パターンそのものです。良いプラクティスを持った人がチーム間を移動することで、各チームに変化の種を蒔きます。Mike Cohnは「コーチはミツバチのように振る舞い、各チームに新しいアイデアを受粉させる」と書いています。

Mike Cohn の3つのパターンは「チームをどう構造的に分割・成長させるか」というメカニクスの話として読まれがちです。でも、Fearless Changeの視点を入れると、その背後にある「変化はどう人から人へ伝播するか」という本質が見えてきます。

RSGTでの実践

私たちが運営しているRegional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)では、参加者数の拡張を毎年30%以内に収めるルールにしています。

チケットは30秒で売り切れます。入手困難だという声もいただきます。それでも急激な拡大はしません。

理由は、常にリピーター(これまでに来たことがある人)が半数を超えるようにするためです。

RSGTは「ギャザリング」です。講演を一方的に聞きにくる場所ではありません。いつもの仲間がどんなことをやっているのか、話に来る。その文化に触れに来る。だから、文化や雰囲気そのものが重要なコンテンツなのです。

リピーターが多数派を維持することで、「RSGTとはこういう場だ」という暗黙の規範が自然に伝わります。新規参加者は周囲を観察して、どう振る舞うか、どうセッションに参加するか、どう他の参加者と関わるかを学びます。

これはGrow and Splitの思想そのものです。チケットをたくさん売って、急激に拡大することも可能ではあります。でも、それをやると文化の「濃度」が薄まります。毎年少しずつ成長させて、新規参加者がその都度「社会化」される余裕を持たせるほうがいい。

何度もカンファレンスを繰り返さないと、この差はわかりにくいかもしれません。でも、何年も続けてきた結果、RSGTには独特の熟成度が生まれていると感じています。

おそらく、コミュニティの文化も多数決なのです。

原理

Mike Cohnのパターン、クリティカルマス理論、イノベーション普及曲線、Fearless Change。そしてRSGTでの実践。

これらを貫く原理は、シンプルです。

明文化されたルールでも、リーダーの宣言でも、トレーニングでもなく、日々の行動の中で「周りの多数派がどう振る舞っているか」が文化を決めます。

チームの文化は多数決です。

本には直接書いてなかったんですが、そういうことで間違っていないと納得しました。