自分から攻めないときは相手から攻められないのか(商売の話) + 墨攻
商売には自分達で想定するセグメンテーションというのがあって、
例えば小売業と卸売業には線を引いて違う商売ね、というのがあるわけです。
たまに、ブロックバスターという企業がでてきて、これまでは
別のセグメントの商売だと思っていたところから、
一気に(その分野にとっては)新技術を持ってきて、
市場を再構成してしまいます。
規制があった産業は、規制自体がセグメントを規定していたりするわけですが、
その規制が外される局面でも、どこかの企業がそれをうまく利用してブロックバスターになる、
ってこともあるわけですね。
まんまとブロック破壊されちゃった企業はなにをしてきたのか、バーカ。
ということなわけですが、いやいや、そう簡単にはブロック破壊を止められない
モンだよ、というのが「イノベーションのジレンマ」の議論。
じゃあ、自分でブロック破壊の準備もしとこうよ、というのが「イノベーションへの解」の処方。
じゃあ、なんとなくブロック破壊されそうだな、と思ったときの戦術って、
なにがとれるんでしょうかね。準備してないけど攻められつつあることは認識した場合。
自分は紳士的であり攻めてないのに、相手は理不尽に攻めてくる。
それを認識する感覚って、恐怖と怒りが入り混じる、健康的とはいえない
精神状態だろうなぁ、と想像します。
ここはもう、力勝負でしょうか。スピードにスピードですか。
ちょっと待って、体勢崩れているのに、的はずれな対抗策をドドーンと打って、
自らの終幕を早めるってこともあるじゃない。先に攻められているとわかった
時点で負けがほぼ決まっていたりするかも。後攻めだってことを認知する
時期、彼我の体勢の差によってケースバイケースでしょうけれど。
ヤン・ウェンリーみたいに、負けないように、ごまかしてしまう、なんて
手はないもんでしょうか。体力あるうちに効率的な小規模作戦をどんどん
やって、いつの間にかせこせこ陣地を取っている、みたいな。
「イノベーション・・・に大負けしないようにたまに反撃しつつ上手に退却する戦術」
次はこれじゃないすか。うわ、ニッチ。
昔、勝った経験が、同程度以上の勝利でないと勝った気がしない、という方向に
人間の心理を追いやるとしても。
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というわけで昔読んだ「墨攻」を思い出しました。マンガの方です。
攻められている城に負けない方法を説く「墨家」という学派(?)の人の話。
古代中国(春秋戦国)で諸子百家とかいわれる思想の中のひとつ、って
名前だけ覚えた記憶はあるけど・・・(老子荘子よりマイナーだよな)。
そういや酒見賢一の原作小説を読んでいないことに気づきました。読んでみようかなぁ。
「後宮小説」の人ですよね。これのアニメ化版はすごく爽快感ありました。